秋の日

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「あんたって本当にお人好しね。ストーカーっていうのは大抵良かれと思ってやってるのよ。たとえ本人は善意のつもりでも、あんたが嫌だと感じるなら止めさせるべきでしょう?」 「それはそうだけど……」 そもそも嫌だと感じること自体が僕の自意識過剰なのかもしれない。もしも藤峰さんが若い女性じゃなかったら、こんなに警戒することはないだろうから。 「その女のことをあんたは何も知らないのよね? 本名も住所も勤め先も。」 「小百合という下の名前は本当だと思うけど、藤峰小百合で検索しても何も出なかったんだ。」 だからと言って本名じゃないとは言い切れない。松浦も本名だったのにヒットしなかった。 「別に何もされていないとなると警察に行っても無駄かもしれないわね。相手の素性がわからなければ、警察だって警告できないだろうし。」 姉さんはうーんと唸って腕を組んだが、僕としては藤峰さんは恩人なんだから警察沙汰なんかにはしたくない。 「姉さん、もういいよ。そのうち僕も慣れると思うから。」 「何言ってるの。あんた、自分がどんな顔してるか、わかってる? 目は落ち窪んでるし、頬はこけちゃってクマも酷い。」 「毎日鏡で見てるから知ってるよ。でも、これは藤峰さんのせいだけじゃないから。」 松浦の件があんな終わり方をして、不完全燃焼で気力をなくしていたところに藤峰さんの出現が重なったというだけ。 誰のせいでもなく僕の弱さが原因だ。それとタイミング。 「ねえ、今日みたいな休みの日は付きまとわれないの?」 「いや。朝、駅に行かないと家まで来るんだ。ピンポンピンポンしつこく鳴らされてオートロックのモニターを見ると藤峰さんが映ってる。で、僕が応答すると何も言わずに去って行くんだ。いっそシフト表を渡したいぐらいだよ。」 「なるほどね。」 姉さんが斜め上を見ながら口角をわずかに上げた。これは何かを企んでいる時の顔だ。 「何考えてる?」 「可愛い弟のために一肌脱ごうかな、とね。」 「姉さん、結婚式の準備のために帰国したんだろ? 和辻さんのためにも大人しくしててよ。」 「別に殴り込みをかけようって言うんじゃないから大丈夫。あんたの次の休みはいつ?」 「明後日だけど……」 姉さんの作戦がどんなものかはまだわからないが、暗いトンネルの先に一筋の光が見えた気がした。
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