秋の日

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ピンポンピンポンとけたたましいチャイムの音が鳴り響く。 いつもだったらその騒がしさに閉口してすぐに通話ボタンを押す僕だが、今朝はモニターで藤峰さんの顔を確認すると録音ボタンを押してから玄関を出た。 僕の部屋は二階だから普段は階段を下りて正面玄関から外に出る。でも今は藤峰さんに見つからないようにエレベーターで一階に下り、駐車場に通じる非常口のドアを開けてエントランスに回り込んだ。 この辺りの高層マンションはどこもエントランスドアをやたら豪華にしていて、うちのマンションも社宅のくせに重厚な木製のエントランスドアでハイグレードに見せかけている。 もちろん防犯上、両脇に縦長のガラス窓が嵌められているものの、オートロックパネルの前に立つ藤峰さんからはドアの隙間から中を覗き見る僕の姿は見えていないはずだ。 「だって、あなた、ここの住人じゃないでしょ?」 姉さんの力強い声がエントランスホールの高い天井に響く。 固く閉ざされた自動ドアの脇に藤峰さんが立ち、その後ろに姉さんが立っている。一見するとオートロックの順番待ちをしているようだが、実は姉さんの立ち位置は藤峰さんの退路を塞ぐためのものだ。 「そうですけど! 201の人に用があるんです!」 「応答しないなら留守なんでしょ? そこ、どいて。早く入りたいから。」 「だから一緒に入らせて下さいって頼んでるんじゃないですか! 緊急事態なんです! 201の人が家の中で倒れてるかもしれないんですよ!」 激高する藤峰さんを軽くいなすように、姉さんは外国人のように大袈裟に肩を竦めてみせた。 「じゃあ、救急車呼んだら? とにかく私は見ず知らずのあなたをマンションの中に引き入れるわけにはいかないの。それじゃあオートロックの意味がなくなるでしょ? あ、言っとくけど、無理やり私と一緒に入ったら不法侵入になるからね?」 姉さんの小馬鹿にしたような口調もシッシッと追い払う仕草も、藤峰さんを挑発するには十分だった。
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