秋の日

26/33
1942人が本棚に入れています
本棚に追加
/179ページ
藤峰さんは悔しそうに唇を噛みながら姉さんの後ろに下がり、姉さんはうちの合鍵を差し込んで自動ドアを開けた。 そして、全開になったドアの真ん中に立って振り返ると、警戒するように藤峰さんに声をかけた。 「帰らないの?」 「帰りますよ。」 不貞腐れたように踵を返した藤峰さんが、僕の隠れているエントランスドアに向き直ったかと思ったら、自動ドアが閉まる直前に姉さんを突き飛ばして中に入って行った。 「ちょっと! 警察呼ぶわよ!」 姉さんの動きに反応して開いた自動ドアの中に僕も入る。藤峰さんは姉さんの怒鳴り声に振り向きもせずに非常階段へと走り去ったから、僕がここにいることはまだ知らない。 「撮れた?」 「バッチリ。」 僕がスマホを振ってみせると、姉さんは自動ドアの向こうの防犯カメラをチラッと見上げた。二重の保険というわけだ。 「OK。じゃあ、管理人さんを呼んで来て。」 「わかった。」 姉さんは一足先に201に向かい、僕は非常口の脇の管理人室のドアをノックした。 「清水さん、お願いします。」 「はいよ!」 威勢のいい声と共にドアが開き、七十代半ばにしてはがっしりした体格の清水さんが顔を覗かせた。 狭い管理人室の中には三つのモニターが並んでいて、エレベーター内と駐車場とオートロックパネルの前の映像が映し出されている。 そんな僕の視線の先を目で追った清水さんは、安心させるように大きく頷いた。 「大丈夫。ちゃんと録画できてるよ。」 毎朝六時前から管理人室に常駐している清水さんには、今朝のゴミ出しの時に事情を説明して協力を仰いでおいた。 前職は警備員だったというだけあって、清水さんはキビキビとした動作で管理人室を施錠すると小走りで階段へと向かう。 と、その時、二人の女性の言い争う声が社宅中に響き渡ってドキッとした。 姉さんが藤峰さんに手を出していないことを祈りつつ、僕も清水さんの後から階段を一段飛ばしで駆け上がっていった。
/179ページ

最初のコメントを投稿しよう!