真実に向き合う時

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うちの会社では、育休明けの女性社員の多くが短時間勤務制度を利用している。 おそらく華絵さんも時短だろうと考えた僕は、岡崎さんと華絵さんの終業時間のズレを狙って電話をかけることにした。 華絵さんの電話番号はスマホから削除したが、昔もらった名刺を探すと裏に手書きで番号が書いてあった。  「旦那にどこまで話したかって? 全部よ、全部!」 あっけらかんと答えた華絵さんは、僕より正直なのか勇気があるのか。 「ずいぶんあっさり言いますね。六か月間の契約だったことも話したんですか?」 結果的にたった一度の過ちだったとしても、半年間夫を裏切り続けるつもりだったという事実は大きい。 あの時の僕はそこまで考えずに、ただ六回分の報酬をもらえなければ中絶費用に足りないというだけで契約を結んでしまったが。 「話したわよ。加納くんがお金に困ってたから、そういう取引にしたって。結局、最後まではシなかったって言ってるのに、瑛太は誰の子だ!?って何度も聞かれた。」 そりゃあ、そうだろう。ラブホテルに入った男女が裸で絡み合ったら、最後までシたと考えるのが普通だ。 たとえ僕とは一線を越えなかったという話を信じたとしても、他の男と同様の取引をした可能性もあると岡崎さんは考えるだろう。 「離婚……ですか?」 「……そうなるかも。とりあえず私は瑛太と一緒に実家に帰ってるの。DNA検査の結果が出たら、もう一度話し合うことになってる。」 「辛いでしょうね、岡崎さん。我が子が自分の子じゃないかもしれないと疑心暗鬼になるなんて。」 岡崎さんの今の心境は他人事ではない。サユさんが中絶という道を選んでいなければ、いずれ僕も同じ葛藤に直面していたはずだ。 「正真正銘、あの人の子なのにね。瑛太のことが可愛いからこそ辛いみたい。あの人、毎日瑛太に会いに来るのよ……」 華絵さんの声が涙声に変わる。 「……私、あの人に酷いことをした。あの人の子どもじゃなきゃ意味がないのに、あの人を騙してでも妊娠して彼の心を繋ぎ止めようだなんて……酷いことをした。(いと)し気に瑛太を抱き上げる彼を見て、やっとわかったの。」 「僕も岡崎さんに謝りたいと思います。社宅の部屋番号、二〇何(にーまるなん)号室ですか?」
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