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エレベーターのドアの向こうに立っていたのは、岡崎さんと華絵さんだった。
嘘だろ? なんでよりによってこのマンション?
懐かしそうに話しかけて来た岡崎さんに、無理やり笑顔を作ってみせる。
岡山支店に配属された時から、この岡崎という男には苦手意識があった。
***
サユさんにいい暮らしをさせてやりたい一心で、何とか一流企業に就職したものの、上には上がいるのは当然で。
岡崎さんは結婚を機に他部署に移動したが、その前は僕の担当先の前任者で、新入社員の僕は初めから何かと岡崎さんと比較されていた。
たぶん容姿が似ていたのも災いしたのだろう。どこへ行っても誰と話しても、岡崎さんはこうだった、ああだったと言われる。仕事は丁寧で正確、温厚で気さくな人柄が万人に好かれる要因らしい。
だんだん自分が出来の悪いダミーのような気がしてきた。
僕をダミー扱いしないのは、華絵さんだけだった。
妻として岡崎さんを一番よく知っているからこそ、僕なんか似ても似つかない存在だとわかっていたのだろう。
華絵さんはもう一人の新人の山田と僕をよく飲みに誘っては、愚痴や悩みを聞いてアドバイスしてくれた。
教育係として毎日世話になりっぱなしだから、華絵さんに訊かれたら遠距離恋愛中の恋人がいることも、毎週末会いに行っていることも正直に話した。
山田が彼女の写真を見せて自慢するから、僕も張り合うようにサユさんの写真を二人に見せたりもした。
僕が入社二年目になり仕事に慣れて来ても、華絵さんは一番身近な頼れる先輩であって、それ以上でもそれ以下でもなかった。
僕が華絵さんを女として見ていないのと同じように、華絵さんも僕のことを男としては見ていない。ただの同僚。
そんな関係が崩れたのは突然だった。
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