生きる意味

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【松浦 高師(たかし)】。 帰りの電車に揺られながらスマホで検索したがヒットしなかった。やはり偽名か? 真由さんは彼のアパートの所番地(ところばんち)を知らなかったから、ストリートビューで教えてもらった。東中野駅から少し離れた住宅街にあるボロいアパートの二階の角部屋。 住所がわかったところでどうする? 近所に聞きこみ? 生き別れの兄を探しているとか何とか言って不動産屋に泣きつくか? そもそも故意に自分の痕跡を消した人間の行方を、素人の僕が突き止めることが出来るだろうか。 帰宅してからも携帯の番号やメッセージアプリのIDを検索したりしたが、いずれも徒労に終わった。 真由さんに会えば簡単に男に辿り着けると思っていたのに、予想外に難航している。 男を特定出来たら、勤めている会社に匿名のメールを送りつけようと考えていた。社会的制裁という意味ではこれが一番効果的だろうと。 しかし、男が無職やフリーターだったら、この手は使えない。 僕はソファーの背もたれに身体を預けて、リビングの天井を仰いだ。 本当は僕の手が血だらけになるぐらいボコボコに殴りたい。 そんなことでサユさんの受けた痛みや屈辱を味わわせることは出来ないが、その男に少しでも思い知らせたい。自分の行為がどれほど人を傷つけ、人間としての尊厳を踏みにじり、その後の人生までも変えてしまう行為なのかということを。 一見、優男(やさおとこ)風に見える僕だが、実は腕には覚えがある。小さい頃から父さんに空手を仕込まれてきたから。 この手は大切な人を守るために使えと教えられてきた。それなのに、僕はサユさんを守れなかった。 愛する女性がレイプされたというのに、このまま黙って男を野放しにしておくことなんて僕には出来ない。 男の残した僅かな足跡を辿っていき、猟犬のようにそいつを追い詰めよう。 ――その思いだけが今の僕に生きる意味を与えていた。
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