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約束
窓ガラスの外の世界はゆらゆらと揺れていた。
今日は去年より10度も高い異常気象。
今頃他の奴らは制服を脱ぎ捨てて遊びに行ったり、あるいは鉄板みたいに熱くなったコンクリートの上を汗だくになって走っている奴らもいる。
こんな日に教室にこもって明日の予習を始めるのは俺だけだった。
午後7時過ぎ。
日が長い季節とはいえ、さすがに空は少し暗くなってきている。
「あっ」
おそるおそる開いたドアから小さい女の子が顔をのぞかせていた。
「•••おお」
見なくてもわかる。
大宮さんだ。
大宮さんはいつも7時に部活が終わって、それから最終下校の8時まで勉強をしている。
身長150センチくらいの体で、しかも一年生であるにもかかわらずバスケ部の主要メンバーのようだ。
だが、全国大会常連のテニス部やサッカー部に比べたらうちのバスケ部はそれほど強くはないと思う。
一番良いときで県でベスト16くらいだ。
それがどのくらいすごいことなのか俺にはわからないけど。
彼女もまた毎日教室に残って勉強をしているのだが、俺はいつも気づかないふりをしている。
だが今回はばっちり目があってしまった。
いつもより少し気まずい空気になってから慌てるように先に口を開いたのは大宮さんだった。
「星野君ってさ、いつもここで勉強してるよね」
「まあ、うん」
「なんで?」
「東央大学に行きたいから」
「えっ!?東央?すごい!日本一じゃん!賢い!」
「賢くないよ。受かったわけじゃないし」
出会ってから2ヶ月は経っているのに毎回ぎこちない会話になる。
そうなるのはきっと俺のせいだ。
俺は話しが続かないし、決して話しやすい人間ではないからだ。
「すごいなぁ、あたしなんか未だに志望校決めろって怒られてるんだよ」
「ああ、あの先生うるさいよね」
そして、褒められることは嬉しいことのはずなのに少し嫌な気分になる。
というのは俺の家系に問題がある。
父さんは東央大学を出て医者になった。
母さんは東央大学から弁護士になった。
俺は別に東央大学に行くことを直接的に強いられていたわけじゃない。
でも、そうしないといけない。
俺の気持ちが誰にわかるだろうか。
周囲の期待を常に感じながら、親と比べられながら生きる俺の気持ちが。
俺はこんなとこに来るはずじゃなかった。
高校だって本当は東央大学付属高校に行くつもりだったのに。
合格することができなかった。
俺は何時間だって勉強していられるし、くだらない娯楽なんかで時間を無駄に過ごすことなんかない。
誰よりも努力をしてきたつもりだ。
それなのに報われない。
理由はわかっている。
俺はいつも人間関係で失敗する。
中学では教科書を捨てられることもあったし、勉強をしていると水をかけられることもあった。
暗いやつだって罵倒されてきた。
それが俺がいつも失敗する原因だ。
そんな俺と違って大宮さんは意外と明るくて積極的だ。
意外とっていうのは俺の勝手な偏見かもしれないけど。
鼻が低くて口が小さくて、今年で165センチになったくらいの俺が完全に見下げることができるくらい背も低い。
そして顔半分くらいの大きな丸メガネと、ぴょんぴょんとあちこちの毛先が跳ね上がったまま縛られた中途半端なロングヘア(ミディアムなのだろうか?)が乗っかっている。
頰にはぽつぽつとそばかすが浮いていてお世辞にも美人とは言えない。
見た目だけではすごく大人しそうに見えてあまり積極的なタイプには見えないが、喋り出すと止まらない様子を俺はいつも横で見てきた。
そしてクラス中でなぜか愛される不思議な存在だ。
「あのね、明日、あたしの誕生日なの」
「ふーん」
こんなやりとりが続いていくうちに、話しかけてくる大宮さんが俺に対して何かしらの感情を持っていることを悟ってしまった。
何かしらの感情、というよりはこんな俺に好意を持っているのだろうと厚かましくも思っていた。
「じゃあ、なんかあげようか?」
「ほんとにっ!?」
俺が笑うと大宮さんは顔を真っ赤にして両手で口元を隠した。
出来事は一瞬だった。
俺の胸の炎は盛大に燃え上がった。
エリートコースの俺(自分で言ってしまうのはどうかと思うが)も女子の必死な姿にに心を奪われてしまうところはただの雄だ。
これが男は単純だと言われる所以であろう。
「じゃあさ、日曜日、ひまわり畑に行かない?迷惑かな?」
「2人で?」
「うん、2人がいい」
俺は落ち着かない鼓動を悟られないように小さく微笑んだ。
そして、ゆでだこになった大宮さんの提案を俺はあっさりと承諾してしまった。
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