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「ここが私の部屋」
「甘くていい香り!」
朝陽くんは鼻を震わせるように嗅ぐ。犬だし人間が分からないような匂いまで分かってしまいそうで怖い。というか甘い香りってなに?
敷布団と掛け布団を準備する。私が布団に入ると朝陽くんも布団の中に。フワフワしていてかわいい。室内灯の電源を切るとカーテンを透いた月明かりだけが差し込む。暗くなった分、勇気が出た。私は朝陽くんを抱き締める。温かい。
「化けて出てくれてありがとね」
「その通り。また冥界に帰ると思うと寂しい」
その言葉を聞いて悲しくなる。そうか、死んでるんだ。 私、最期は見ていないし、もしかしたら生きてるかもと期待してた。この温もりは心地良いけど、人間の姿で触れ合いたかった。なんて失礼だね。
「手紙では一生俺だけを愛してほしいって言ったけど、本当はもう少し長生きするつもりでふざけて手紙書いたんだ」
「そっか」
「生涯、俺以外に一人なら許すよ。雪音さんが幸せならそれでいいから」
その言葉を聞いて悔しかった。俺だけを愛してほしいと言われて嬉しかったし二度と会えない大好きな人を人生丸ごと待ち続けるつもりだった。
「え?」
瞳の近くをぺろりと舐められる。何を舐めたんだろう、なんてすぐに気づく。私泣いていたんだ。
「味は分からない、犬だから。でもしょっぱそうな涙だ」
「ごめん、朝陽くん」
私は朝陽くんで縛られたかったのかもしれない。だから一人ならいいと言われてやっぱり寂しいし朝陽くんはまたいなくなるのか。
「ところで甥っ子くんのこと好きになれた?」
甥のおかげで朝陽くんに会えた。私にとって重大なこと。
「うん」
「はい終わり! 誰も恋愛的な意味だけとは言ってません。もう俺以外愛せません、残念でした」
朝陽くんはじっと私を見る。女々しいこと言うくせに私が嫌がったら訂正する準備をしている。私はそんな朝陽君が。
「朝陽くん大好き。私幸せになるから、せめて人の幸せを祝えるくらいにね」
クーンと鳴く。その心はよく分からない。大好きな人に『俺の分まで生きて』と言われたのに、人の幸せを憎んでいる場合ではないのだ。
私は気持ちを新たにして眠る。
頬が繰り返し温かく感じて目を覚ました。目の前には犬、朝陽くんだ。
「なんでまだいるの? ちょっと成仏する勢いじゃなかった?」
「それにしては結構寝てた」
「疲れてたから。でもいなくなってたらちょっと嫌だった」
「ちょっとかよ」
布団からなかなか出ない私を見て朝陽くんは尾を下げる。布団の近くまで来て丸くなるように座り込む。いなくならない気はしてた。幽霊らしいから、もしかしたら成仏するかもしれない。しかし、どうせ。
「未練たらたらだから成仏するもんか!」
それが朝陽くんなのだ。
「仕方ない、私がその未練を叶えてあげる。だから今日はデートしない? 久しぶりに」
「成仏したらどうする?」
「一回のデートで成仏できる?」
期待する私がいる。
「足りないもっと。ってなる」
「でしょ」
私は震えた声で言う。たぶん朝陽くんには気づかれていないはず。朝陽くんが成仏なんて私が一番怖いくせに。どうか神様、私がこの世界を恨まないようにもう少しおかしな恋人ごっこをさせてください。
「ドッグランとかどう?」
クーンと鳴く。私は笑ってしまう。
「だって朝陽くん犬だし」
そして幽霊でもある。それに触れるとモフモフで温かい。私は犬系男子の、というか完全に犬な、幽霊だし不完全なのか?な朝陽くんと再会して、人の幸せを祝いたいって思った。
「首輪付けられるのもまたいい! 雪音さん、よろしくお願いします」
好きな人が変態なこと言ってきた。お座りしている。そもそも今は首輪持っていない。これから必要だろうか、いやいや朝陽くんに首輪なんて付けたら変な気持ちにならないかしら?
「それに俺、犬ですし?」
ドヤ顔だ。
「けど」
「首輪付けたらより雪音さんの所有物ですよ?」
朝陽くんが私の所有物? いや、そんな怪しげで危険な香りできるわけ、……、けど犬だからできるんじゃ、少なくとも人からは何も言われないし、でも私は朝陽くんだって知ってるし駄目だ!
「雪音さん葛藤してて面白いな」
「朝陽くん? あまり馬鹿にすると怒る」
「いやかわいくて大好きってこと」
「誤魔化した?」
ワン!
今のは絶対誤魔化してる。私は怒って朝陽くんを追いかける。朝陽くんは尾を激しく振っていた。どうやら楽しいらしい、ムカつく。けどきっと私も楽しいのだろう。
結局のところ私には、『死ぬ』の対義語に『生きる』と答える自信はない。
それもそのはず、久しぶりに現れた大好きな人が犬の姿に化けて出たとして、私は受け入れてしまっているしこの先も続いてほしいと望んでいる。
犬系男子な朝陽くんの存在を否定したくないのだ。
こうして、私と犬系というか完全に犬の彼氏(幽霊)との恋が始まることになった。ってこれ同棲じゃない? ……、けど犬だし。
久しぶりな彼が犬に化けるなんて。(完)
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