滴る天の下

1/2
前へ
/5ページ
次へ

滴る天の下

 「熱いよ」アキは顔をぷいと背けて抗議した。  びしょ濡れのアキの手はとても冷たく、まだ濡れたばっかりの僕の手は、ほんのり暖かかった。だけどアキにしてみれば、少し熱すぎたみたいだ。  「あのさ、普通って残酷だよね」  突然アキが言った。その言葉は僕にあることを思い出させる。アキは昔から、どこか普通じゃなかった。  「それが、この世界の普通だよ」僕は胸が痛むのを感じながら言った。  「私の何がおかしいのかな。私は精一杯生きてる。この桜みたいに。私は私の生を追求してるだけなのに」  アキの目に涙が浮かんでいる。それは見間違いなんかじゃない。こんな降りしきる天の下でも、僕は彼女の涙を見逃したりなんてするもんか。 ──だけど。  「誰もがアキみたいに生きられるわけじゃない。桜には桜の、ケヤキにはケヤキの、道端の雑草には雑草の、生き方があるんだよ。でも僕は…」  急に言葉に詰まる。その言葉を言ってしまえば、きっとアキはもっと苦しむことになる。その生を背負って生きなくてはならない。逃げたっていいだろうに、アキにはそれが出来ない。 ──だけど。  「アキは素敵だと思うよ。アキは桜だ。僕らみたいな、雑草じゃない」     
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加