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滴る天の下
「熱いよ」アキは顔をぷいと背けて抗議した。
びしょ濡れのアキの手はとても冷たく、まだ濡れたばっかりの僕の手は、ほんのり暖かかった。だけどアキにしてみれば、少し熱すぎたみたいだ。
「あのさ、普通って残酷だよね」
突然アキが言った。その言葉は僕にあることを思い出させる。アキは昔から、どこか普通じゃなかった。
「それが、この世界の普通だよ」僕は胸が痛むのを感じながら言った。
「私の何がおかしいのかな。私は精一杯生きてる。この桜みたいに。私は私の生を追求してるだけなのに」
アキの目に涙が浮かんでいる。それは見間違いなんかじゃない。こんな降りしきる天の下でも、僕は彼女の涙を見逃したりなんてするもんか。
──だけど。
「誰もがアキみたいに生きられるわけじゃない。桜には桜の、ケヤキにはケヤキの、道端の雑草には雑草の、生き方があるんだよ。でも僕は…」
急に言葉に詰まる。その言葉を言ってしまえば、きっとアキはもっと苦しむことになる。その生を背負って生きなくてはならない。逃げたっていいだろうに、アキにはそれが出来ない。
──だけど。
「アキは素敵だと思うよ。アキは桜だ。僕らみたいな、雑草じゃない」
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