1:卒業式の朝

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1:卒業式の朝

 羽宮高校から徒歩15分の所に在る住宅地のとある一軒家に田平修平は住んでいる。羽宮高校に通う高校生で、勉強した甲斐あって卒業後は岡山大学医学部に進むことが決まっている。  修平は自宅のリビングのテーブルに着き、一人でトーストを食べている。ブレザーのジャケットを脱ぎ、上はワイシャツにネクタイ。  修平が高校の卒業式を迎えたこの日も岡山市はよく晴れている。やわらかい日光がサッシから染み入り、暖房を点けなくても肉体が温かい。  だが、毎日のように続く一人ぼっちの朝は、修平の心を凍えさせる。  父は医者、母は看護師。  母は当直で今朝はまだ帰って来ていない。  医師である修平の父は健康診断のバイトで朝早く自宅を出ていた。昔は勤務医で給与も豊富だったが、激務から体調を崩し、1回辺り8万円貰える現在の健診の仕事に切り換えた。父が勤務医の時代は母も積極的に働いていなかったが、夫の収入が減り、修平が大きくなったのも重なってよく働くようになった。  修平は家では一人ぼっちのことが多い。  両親は一生懸命働く理由を「お金が足りないから」と修平に言う。私大の医学部だったら数千万円必要。災害に備えるように、修平の両親は金を稼いで貯めていた。修平が国立の岡山大学医学部に合格して、出費は数百万円で済む。  両親は労働を辞めない。修平から「働くな」とは言い難い。
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