5:暴走の抱擁

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5:暴走の抱擁

 ソメイヨシノを飾る学校に近付いてきた。  二人の気持ちなど知る由も無く、クローンのソメイヨシノは暴力的なほど鮮やかな朱華色を光らせている。  やがて校門に差し掛かる。 「綺麗だね」 日奈は雰囲気を少しでも明るくしたくて、桜の花束に目をやった。修平は日奈の美しい横顔の微笑を見た。  修平は、桜の華々を背景に上を向く日奈の横顔の刹那を焼き付けようとした。これから先、日奈がテレビやグラビアなどに出れば、優秀なカメラマンが彼女を美しく撮影してくれるだろう。しかしこの刹那の美しさを超えることは無いような気がした。  痛烈なまでに認めざるを得ない。  彼女(ひな)のことが好きなのだと。 「ひな!」  修平は日奈の前に素早く廻ると、そのまま日奈を強く抱き締めた。校門前で他に登校している学生が居るのに人目も気にせず日奈を抱く修平。他の学生、特に女子生徒達は朝っぱらから思わぬ光景を目にして、横の女友達とクスクス嘲笑していた。童貞の男子生徒達は自分達の青春にこのようなことが無いことを妬き、抱き合う二人に死んだ顔で流し目を送った。  日奈もこれにはさすがに気が動転したが、好きな男の子の肉感と体温に包まれ、しかも快晴の空まで手伝い、頭がぼうっとしてくる。本当は日奈も修平と抱き合いたいところだが、この場では拙いと思って、 「しゅうちゃん、やめて……」 本当はずっと抱き締められていたい。修平は日奈を離さない。修平は甘い吐息と卵巣を揺らす低音の声で日奈の右耳に呟く。 「ひな、行かないで。ずっと一緒に居て」 「しゅうちゃん……」 「女優なんかやめろよ。俺と一緒に此処で暮らそう」 そう修平が呟いた瞬間、日奈が修平の胸を正面から両手で強く押した。修平を突き飛ばし、自分から強引に離す。そんなことされたことが無かった修平は、全身を揺らして憤然とする日奈の表情を見て戦慄を覚えた。  日奈が、可憐さは消せないが、強い口調で叫ぶように言った。 「どうして、ここ最近その話ばかりなの!?」 絶句する修平。日奈は続ける。 「あなたはお父さんの言われた通り、良い大学に行って、医者になって、決められたレールに沿って生きているだけじゃない! 私は自分で進みたい道へ進みたいの!」 日奈は修平を見捨てて、学校に入って行った。 (俺のことそう思ってたんだ……)  フラれたと自覚出来たことに満足感を得ていた。
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