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その夜、ワンルームのベッドの上でLINEの画面を開く。それまでの彼とのやりとりはすべて『出張先からで悪いけど、この業務をお願い』『承知しました』なんて味気ないものばかりだ。
『おみやげありがと。気を遣ってほしくなかったからいらないって先に言ったのに、逆効果になっちゃったね。お礼に今度ごはん行こ?』
五分かからずに返信が来て、
『いえいえ。最初から買おうと思っていたので! ぜひぜひ行きましょう!』とあった。
場所は任されたものの、和洋中だと和がいい阿門を勤務終わりの金曜日にお好み焼き屋に連れていった。粉物が好きでわざわざそのために大阪に行きたいと思うぐらいだが、女一人ではそういう店に入りにくい。そもそも和食の中にお好み焼きが入るのか謎だったが、そこは先輩権限にした。
ソースが焼けるいい匂い。もちろん率先して彼は焼いてくれる。眼鏡が少し曇っていたが私が見ているせいか彼は焼き続ける。
「なんかさ、最初のころと比べて雰囲気違うよね?」
四月のころと比べ、やはり砕けた感じがする。仕事の話がふと途切れたとき、思い切って聞いた。
「僕、浪人してるんですよね」
「それは知ってた」前に他の職員との会話の中で聞いていた。
「先輩と初めて会ったとき、僕と同い年くらいかなあってずっと思ってて。それでつい」
笑って許してもらおうとする彼。さすがにお酒が入っているときのあの流れのことは聞けなかったが、
「ねぇ、旅行の写真、ずっと待ってたんだけど」
と伝えてみた。ちょうどひっくり返したのがうまくいったのを確認したあと、阿門はこちらを見て
「職場の人に土日に連絡するのは非常識だって」
と口にする。まだ二十代の私達に高級な日本酒である十四代を勧めてくる大先輩に言われたらしい。
「頼んでた側なのだから、非常識なんて」
「それでもお休みのところ悪いなと思って。月曜に送ろうと思ったんですが、業務に追われているうちになんだか今更だなと」
彼は苦笑しながらiPhoneを取り出して、旅行先で撮った写真を一枚一枚見せてくれた。その姿を見て、それ以上責める気になれなかった。
「こっちも山側だから寒いと思っていたら、草津はもっと寒かったです。なめてました」
「そりゃそうだよ! 雪積もってるに決まってるでしょ」
雪を被った石灯籠に、凍っていて滑りそうになって危なかったと言っていた石段や、白い雪と煙が暗闇に映える湯畑の写真を私はそれぞれ指差した。
「行ったことなかったから知らないですもん」
彼は開き直った顔をする。その顔は普段の仕事中に見せる真剣な顔とは全く違っていた。
できあがったお好み焼きに向けてiPhoneを横に構えると、「ツーショットも撮ります?」なんて聞いてくる。それを無視し、両手にフライ返しを持った阿門に向けてシャッターボタンを押した。
車がない彼を助手席に乗せ、自宅の近くまで送っていると
「先輩、ツンデレが好きなんですよね? どういうのをツンだって感じますか?」
急に聞かれたが、いくらツンデレが好きでも職場の後輩にそういう態度は求めていない。
「えっ、別に今のままでいいよ」
「いや、僕デレてばかりなので、これからツン増やしますよ! 他の人にはだいだいフラットですけど」
どういう意味に取っていいか分からずに、慣れない細い道でハンドルを握りながら助手席のほうを窺うと、彼はにやにやしている。運転に支障が出る気がして、それ以上考えるのをやめた。
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