見捨てた少女は〇〇だった件について

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1  遺体を棺ごとかまどに入れる。小柄なイゾラにとっては一苦労だった。木の枝に種火をつけて、かまどへ向かって投げ入れる。頼りない小さな火は藁を燃やし、薪に燃え移り、酸素を取り込んで次第に大きな炎に変わっていった。その様子を確認したイゾラはかまどの鉄扉を閉める。次にイゾラは小屋の外に出て頭上を見上げた。雲を突かんばかりの大きさの煙突からは白い煙がもうもうと噴き出していた。かまどの中が順調に燃焼していることを確認したイゾラは渡り廊下を歩いて遺体安置室に向かった。冷たい風がイゾラの灰のように白い髪を揺らした。  この<死の島>に運び込まれる遺体は三種類ある。それは死因によって決まる。 『自殺』『流感』『死刑』  この三種の遺体は埋葬することができない。物理的にはできるのだが、それを良しとしない風習がマルタ・アレーアにはある。ではどうするのか? 火葬を行うのだ。そして、火葬は<死の島>でしか行えない決まりがある。これも風習の一つだ。この風習はもう何百年も前から守られていた。 『<天界の館の主人>も<冥界の館の主人>もいるわけがないのに』  イゾラはそう思いながら遺体安置室の扉を開けた。部屋の中には簡素な棺が三つ並んでいた。三つとも今朝、本土から送られてきた遺体だった。イゾラは壁に立てかけてあるくぎ抜きを手に取って、手前の棺から棺のふたを確認していった。棺のふたにはそれぞれ性別と死因が刷毛を使って大雑把に記されていた。 『男性死刑囚・絞首』、『男性・流感』  イゾラは一番奥の棺で立ち止まった。一番奥の棺のふたには『女性・首吊り』と書かれていた。イゾラはくぎ抜きを使ってふたをこじ開けた。イゾラは中にある遺体をしげしげと見つめた。彼女の顔には美しく死化粧が施されており、加えて、真っ白な花嫁衣裳を着ていた。頭のてっぺんからつま先まで、どこに出しても恥ずかしくない、美しい花嫁だった。遺族はこれから先にあったであろう彼女の幸せの前借りをしたのだろう。この娘は必ず幸せになると疑わなかったのだ。しかし、本当にそうだろうかとイゾラは思った。この先の人生における幸せの数より、苦しみや不幸の方が多いとわかってしまったからこそ彼女は自分で自分の首を吊ってしまったのではないだろうかと。しかし、それこそもうわからない。美しい彼女が何に絶望したのか、それは一生闇の中だった。その時、母屋の方から扉を叩く音がした。イゾラは棺のふたを再び閉めて、声のする戸口へ駆け足で向かった。木の戸は何度も叩かれていた。扉を叩く乾いた音の後によく訓練されているであろう、きりっとして張りのある声が聞こえた。 「当方、王都ヴァイスにて空位を預かる宰相からの使者である。今は亡き偉大なるルジェンテ公の子息イゾラさま、そのご尊顔を拝し奉りたく参上仕った」  イゾラがドアを押し開くと、使者はまた声を掛けようとしていた。その使者は大男で使者というより兵士のようだった。目と目が合うと使者はイゾラに膝まずき頭を垂れた。しかし、イゾラは見逃さなかった。目が合ったとき、この使者の目の奥に自分を見下す本性が隠れていた。 『こいつが<搾りカス>か』 使者の役を仰せつかるほどの人物なのだから、感情を表に出すことはまずないし、隠す技術も持ち合わせている。しかし、イゾラは自分を見下す目だけは見逃さなかった。 「お初にお目にかかります。当方、王都ヴァイスにて・・・・・・」 「口上はもういい。死人も目を覚ますほどの大きな声だった。聞き逃すはずがないだろう」 使者は頬を引きつらせながら「さようでございますか」と言った。 「ああ、あんなに大きな声を出して、何ともないなんて、貴殿の耳は余程、丈夫にできているのだな。母親への感謝を怠るなよ」 「母は遠い昔に死にました」  イゾラは顔色一つ変えずに「そうか」とつぶやいただけだった。 「要件はなんだ? 僕の顔を見に来るだけにここまで来るはずないだろう」 「はい。イゾラさまにこの書簡を渡すようにと仰せつかってまいりました」  使者は肩から下げた鞄から封筒を取り出した。封蝋にはアルタ・マレーア宰相パラストの刻印が刻まれていた。イゾラはその場で開封すると中身を取り出して、読んだ。 “先日、偉大なる我が国の国王ルジェンテが逝去なされたことはご承知だと存じ上げる。その悲しみは国中に伝わりすべての人民は喪に服した。その域は人にとどまらず、草木の一本一本、大地を掛ける馬、空をたゆたう鷲にまで伝わったはずである。今年の冬が長い理由は季節さえもルジェンテ公の死を悼んでいることにほかならない。しかし、空位のまま、時を費やすわけにはいかない。そのため、喧々諤々たる審議の末、四人のご子息様たちの中から次期国王を選出することを決めた。よって、第四王子イゾラ様においても、王都ヴァイスまで御出座いただくようお願い申し上げる。選出ほ・・・・・・。  イゾラは途中で書簡を読むのをやめ、大きくため息をついた。そして、次の瞬間、その書簡を破った。 「何をしてらっしゃるのですか!?」  イゾラは使者の声を無視して、書簡が細かくなるまで何回も破った。 「僕はヴァイスにはいかない。なぜなら、次期国王になる気なんてさらさらないから」  使者はあっけにとられていた。 「どうして無暗に面倒ごとに首を突っ込むのか僕には理解できない。僕はいつも自分のことで精一杯なんだ。他人のことまで面倒なんて見切れない。国王なんて人民がいないと生活できない猿回しだし、人民だって国王に守ってもらわないと生活できない猿ばっかりなんだ。そんなズブズブの関係性、僕には手に負えない。だから僕は人間がいないここに来たんだ。ヴァイスに戻って各方面のお歴々に伝えておくれ。イゾラはその権利を放棄するって」 「ですが・・・・・・」 「行かないったら、行かないの! 説明が欲しいんだったらいくらでも説明してあげるよ。ただし、太陽が三回昇って、沈んでを繰り返すくらい長くなるぞ! お前に全て聞くその覚悟はあるか? そして、それを一言一句、漏らさず、違えず、諳んじることができるか?」  使者はイゾラの豹変ぶりに圧倒された。コイツは落ちこぼれじゃなくて、ただの偏屈だと使者の男は考えを改めた。よくよく考えれば、イゾラは第四王子の地位にありながらこの誰もやりたがらない<死の島>の領主になったこと自体、偏屈を証明する根拠の一つだった。 「仕方ないですね」  使者もまた、大きくため息をついて、右肩を大きく回した。その様はまるで風車の羽が風で回っているようだった。 「こういうことは本意ではないのですが・・・・・・」 「な、なんだよ! 暴力はいけないぞ。暴力は。そんなの理性のある人間のすることじゃない」 「我々、人民は人間ではなく猿なのでは?」 「それはそれ! これはこれだ!」  使者の男は懐に手を入れた。懐剣か? と思ったイゾラは身を固くして、目をつぶった。しかし、イゾラの予想に反して、使者の懐から出てきたものはもう一通の書簡だった。 「これを」  イゾラは恐る恐るそれを受け取ると、封蝋を確かめた。それはアルタ・マレーア王室の封蝋だった。 「我が主ベルク様からの書簡です」 「ベルク兄さんから?」  使者は大きくうなずいた。道理で使者がこんなにも筋骨隆々で屈強な男なのだとイゾラは合点がいった。イゾラは封を開けて中身を読んだ。 “よう、久しぶりだな。元気にしているか。相変わらず、本と死体とばかり戯れているんじゃないか? たまには島から出て、顔を見せに来い。今回、筆をとった理由はお前をヴァイスに来させるためだ。王位継承の件でパラストからの呼び出しがかかっていると思うが、お前のことだから断るに決まっている。しかし、今回はそうはいかない。詳しくは話せないがお前にも絶対に来てもらう。これは命令と取ってもらってかまわない。もし、万が一、この最後通牒を受け取ったにも関わらず来ないなら、どんなことをしても、お前を<死の島>の領主から外す。そして、お前を次期国王にする。いいか、これは脅しだ。お前が<死の島>の領主になった時よりも簡単にことは運ぶと思えよ“    大男はひとり得意気な顔をしていた。イゾラは大男の表情が気に食わなかった。しかし、ベルクはやると言ったらやる男だった。手段は問わない。それが分かっているイゾラには進むべき道は一つしか残されていなかった。 「行くよ。行けばいいんでしょ、行けば」 「はい。それが最善だと思われます。それと、ベルク様の書簡が先ほどの書簡のように散り散りに引きちぎられなくて良かったです」 「どうして?」 「その時は、私があなたを八つ裂きにしてしまっていたので。丸く収まってホッとしております」 「聞くんじゃなかった」  イゾラは母屋の方に向かって歩き出した。その足取りは重く、背中は丸まっていた。敗走兵の方がまだ立派な姿をするだろう。 「どちらへ?」 「母屋だ。支度をしないと」 「行動が早いのですね」 「ああ、本当は嫌で嫌で仕方がない。でも、この島から永久に追放されるよりはましだ。間違って王になんて選出されてみろ、お先真っ暗だ」 「国のですか?」 「バカか! 僕の人生に決まっているだろう!」  イゾラはまたよろよろと歩き出した。旅支度をするなんて夢にも思っていなかった。あれやこれやと頭の中で試行錯誤する。まず最初に『何を着ていこう?』と頭をよぎった。国中喪に服しているんだ。黒い服がいい。そういえば外套があった。頭巾がついていて、足首までの丈があって、真っ黒な影みたいな黒い外套が。
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