在る人間好きなあやかしの話

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在る人間好きなあやかしの話

「花の色は うつりにけりな いたずらに わが身世にふる ながめせしまに か」 男は昔々の人が歌った句を口ずさみながら秋の長雨を受ける雨どいを眺めながら柱に添っていた。 都も遥か遠く、山村からも離れた山の谷間。 そこが「それ」の住処だった。 春には著莪、夏には野茨、秋には椛、冬には雪の花が咲く静かな静かな場所があったという。 「それ」はたいそうニンゲンを好み、時折迷いこむニンゲンにいたづらを仕掛けたり、時に困っているニンゲンを助けた。 それなのに人里から離れた場所にすんでいるかというと「それ」は人ではなく、あやかしと呼ばれるやつで共に住むことができぬと遥か昔に悟ったからだ。 「それ」が人里に住んでいた頃、人の世では応栄という名の時代だったか。 大きな戦もなく落ち着いた村落で、幾年経っても見た目が変わらぬことから「松」と呼び慕われ溶け込み暮らしていた。 身寄りもなく一人で暮らしてはいたため初めはよそもんと放置されていたが、人手が足りないときに村の手伝いをしていたし、狩りで人の暮らしを助けていたことからそのうち村の一員として受け入れられていた。 それからしばらくしてからというもの、松に見合いの話が舞い込んだ。     
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