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中古車屋さんの採用の電話は1週間後の夕方、仕事が終わってからかかって来た。
「今野さん、採用が決まりました。来月から来てください。宜しくお願いします」
私は、嬉しくて飛び上がる程に喜んだ。これであの嫌な上司と別れられると思うと嬉しい。いや、そんなに嫌ったらいけないのかもしれない。リーダーだって真面目に仕事をしているだけなのだ。働きたい会社に転職出来る、私は幸せなのか。そう言えば昔を思い返すと母だってスーパーの仕事が好きだと言った事はない。生活の為に無理やり行っていたようにも思える。父も好きで毎日畑仕事している訳でもなさそうだ。両親の後ろ姿は毎日いつも何か重い物を背負っているようで悲しかった。そう思うと手放しで喜べない気分になってきた。考えすぎなのかな。
次の日私は工場に行くと採用の結果を武田さんに教えた。
「良かったね。お祝いしなくちゃね」
武田さんはまるで自分の事のように喜んでくれた。
「今度二人でランチに行こうよ」
色々考えながらも私の声は弾んだ。ついつい顔が綻んでしまう。
「うん。パソコンも覚えたら教えてほしいな」
「勿論だよ」
顔を見合わせて仲良く笑みを交わした。
しばらくして武田さんは何時もの仕出し弁当を食べ終わると、
「工場には何て言って辞めるの?」と心配そうな顔をした。
「そうだねー。やっぱり正直に仕事が合わなかったって言わないとだよね」
「そっかー。でも辞めるまで2週間が辛いよね」
「ああ、確かに」
上司ともギクシャクしてしまうだろう。
「しょうがないよ」
私は食堂の外をみた。雨がしとしと降っていた。
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