一話 「無価値な男に付けられた百億円」

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

一話 「無価値な男に付けられた百億円」

カーテンの隙間から白い光が射し込んで来る。軽い布なのに体を起こす気力がないので重く感じてしまう。だが、その気力を無理矢理引き起こすかのようにスマホで設定したアラームが耳の奥まで残るかのように鳴り響いている、なので私は眠い目を擦りながらも重い布団を蹴っ飛ばして体を起こした。カーテンを開けると、いつもと変わらない風景が見える。そのまま生ぬるい廊下を何となく歩く。リビングを出ると妻の微笑んだ顔が私に向けてくる。 「おはよう。あなた宛に封筒が来てるわよ」 「おう」 誰からだろう、と思いながらテーブルにある茶封筒に手を伸ばす。そう、これが悪夢の始まりだった。 茶封筒には差出人の名前は書かれておらず、私の名前と住所、郵便番号だけがそこに書記体のプリントアウトされていた。封筒の口の閉じた部分に黒字で『秘密時効』と書かれた印鑑が斜めに押されていた。『事項』という漢字を間違えていることに違和感を覚えながらもその封筒を開ける。封筒の中には一枚の紙が一枚入っていた。 『おめでとうございます!!あなたは選ばれました。あなたは今日から一週間だけ百億円の価値を与えます。そして生き残れたらその価値を現金で差し上げましょう。さぁ、始まりの合図ですよ』 その手紙を読み終えたと同時にニュース速報のチャイム音と共にアナウンサーの声が聞こえる。 「速報が入って来ました。現在、指名手配として在原業平(ありわらこうへい)さんがかけられた模様。えっと、彼は六年間に詐欺及びに殺人、放火魔などなどと……」 指名手配書の写真と共に私の名前などが言われる。その写真もまた私である。唯一異なるのはそんなことはしていない。六年間なんて私が会社に勤めてる期間である。 立ってテレビを眺める私の後ろで皿が割れる音が鳴り響く。妻がこの世の終わりかのようか恐ろしい顔をしながら立ち尽くしていた。皿に入れて合ったサラダや味噌汁はそれらの下敷きになって床へと広がっていた。 「ごめん。ちょっと電話してくる」 彼女の隣を素通りして私は冷え切った廊下を歩いた。その時の彼女の口許が不意に微笑んだのように見えたのは気のせいなのだろう。 「さて、どうするか?」 そう言いながらも手はいつの間にか会社の上司へとかけようとしていた。しかし話す内容がまとまらない。「百億円かけられたので今日は休みます」って正直に伝えるべきか?いや、それは愚行でしかない。ならば「体調不良のため、本日はお休みします」と被せるか?いや、それもまたダメだ。なぜなら、一週間と言わずに一日でも休んだら上司たちは見舞いに来るだろう。何せ、ニュースに出てるからな。それでもやはり知らせることにしないとダメだろう。上司へ連絡をかけようとした。スマホを取り出そうとポケットに手を差し伸べようとした時だった。 「ねぇ、あなたぁ、大丈夫なの?」 妻の声だった。それにしても何か変だ。私はドアノブに鍵を掛けていたことに気が付く。電話を部屋で掛ける時の癖である。しかし壊すかのように上下に激しくドアノブが向こう側から動いている。私はひとまずそれを止めようとした。 「あら、よかったぁ。いるじゃない……」 そう言って彼女は去ったかと思った。しかし目の前に包丁が木をぶち破る音と共に突き刺して来た。あと一歩間違えたら私の顔を直撃するところだった。 「おい、危ねぇぞ!!」 「お金のためですもの。あなたはその次よ。さぁ、私においで」 狂ってやがる、と直感した私は姿を隠しやすい黒いパーカーを着て、急いで部屋の窓から抜け出した。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!