二話「信頼できる上司?」

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二話「信頼できる上司?」

窓から飛び降りた私は玄関先である物と遭遇する。そちらの方に向かって手を差し伸べて頭を撫でてやる。 「よう、ハルキ。お前だけは俺の味方でいてくれよ?」 ハルキ、それは私たちが飼っている柴犬である。三年前にとある病気によって命を落としてしまった息子から付けた名前である。 「ハルキちゃぁん?ちゃんとその人の匂いを覚えて置きなさいねぇ?」 後ろから何か意味ありげな口調で妻が声をかける。ハルキは匂いを嗅ごうと私に近寄ろうとしていた。私は急いで彼から離れて犬小屋の横の塀に対して足に力を込めてよじ登った。一軒家なのに逃走がこんなに苦労になるとは……。 私は懸命にその場から走って離れた。しかしどこへ向かうべきか、と思って横を見たらそこにはテレビで見た指名手配書が綺麗に剥がれないように貼られていた。身を隠すために私は急いでフードを頭に被った。 (ハルキ、お前も犬だけど男なんだなぁ。彼女の言うことに従うとは……。そうだ、ひとまずあそこに電話をしなくては) 私はスマホを取り出した。そして会社の上司の電話番号を押す。相手が取るまでの音が私を苦しめていく。 「何も言うな」と小声で言われた。 「?」 「あっ、すみません。そうですよね、今日はキャンセルですよね?ええ、大丈夫ですよ。うちの社員は常に目を光らせてるので外して置いて下さい。では」 そう言われて切られてしまった。なるほど、どうやら私に隠れメッセージを伝えたようである。つまり”今日はキャンセル”は「私が休む」ことである。”うちの社員は常に目を光らせてるので”は「今、会社に来たらお前の身が危ない」とかだろう。問題は次の言葉だ。 ”外して置いて下さい。” 外すとは何だ?スマホを手放せとかか?それは色々と困る。 ん?スマホ……スマホ!? 私はスマホの上の縁を下に向けて指で撫でた。そこから現れたアイコンの中から”位置情報”のアイコンを消した。つまり”外して置いて下さい。”とは「そこがバレるから位置情報を外せ」という意味だろう。 「ありがとう、大谷(おおたに)さん」と一言呟きながらお礼を言った。 私はスマホをスボンのポケットにしまうと人通りの多いであろう、商店街へと向かった。例えテレビで見たとしても見つかる可能性の方が低いと考えたからである。
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