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最終話「帰るべき場所」
私は目を覚ました。白いカーペットが目の前に広がって見えた。これがあの世なのかと思いながら体を起こす。そこは白いカーテンに白い天井がある。そして目の前には白いカーペットかと思っていたその先の枕越しで寝ている息子がいた。その名はハルキ、私が六年前にこんな感じで見送って命を落とした息子だ。私を迎えに来たのだろう。そして私の横にいる女性……いや、妻は私を取り返すために生き霊と言えばいいのか、何なのかは不明であるがこの空間に現れたのだろう。だから私は妻に一言物を申す。
「お前、百億円はお前に託す。だから俺の後を付いてくるなよ?」
それを聞いた妻は「こいつ、何言ってんだ?」という顔で私を見ながら言う。
「百億円?寝ぼけてるんですか?そんなお金隠してるのですか?」
「だって俺、指名手配書に……」
「何言ってんの?こんな時に?夢でも見たのかしら。ハルキ、死なないよね?」
”ハルキ、死なないよね?”
彼女は確かにそう言った。まさかこれは彼が生きているということか?それよりも六年前……六年?果たして私はそんなに時間が経過してただろうか?
「おい、変なこと聞くけどいいか?」
「何を今さら。あんたはさっきから変なことしか言ってないでしょ?で、何?俺は女だったっけとか言い出す気?そんならその胸揉みまくって股間をほじくりまくって死にたがらせるくらいにしてあげるわ?さぁ、何?」
「俺たち、犬飼ってたよな?ハルキっていう犬?」
「はぁーー!?」
どうやら、この様子だと飼ってないようだ。そしてちょうど看護師が入ってきた。私は表札の名前に目を見開く。
”花咲桜”
私の読み方が間違いではなければ”はなさきさくら”。あの悪徳少女と同じ名前だ。それに容姿もあの子を大人にさせた感じである。
「大変でしたね。彼、飲酒運転で弾き飛ばされてアスファルトにぶつかって危うく命を落とすところを目撃者が連絡下さるとは。安心して下さい、大谷(おおたに)先生の手術は院長先生の折り紙付きですから」
「立派に成長してるよ、さくらちゃん」
私は小声でそう言った。そんな私に気が付いたのか、彼女は私に聞く。
「今、私の名前呼びました?」
「いえいえ、看護師さん、名前何でしたっけ?」と聞いてみる。
「花咲桜(はなさきさくら)です……あっ!!ちょっと先生呼んできますね!!」
彼女は急ぎ足で部屋から出て行った。
「ちょっとあんた、何言ってんのよ!?バカなの?ねぇ、バカ」
「バカとは何だよ、バカとは。あんな立派なかわいい看護師の名前を聞いちゃ悪いのかよ?」
「ねぇ、パパ……ママ……喧嘩はめっだよぅ?」
「何よ、ハルキは黙ってなさい」
「そう、ハルキは……」
私と妻はそのまま同時に九十度ベッドの頭の方へと顔を向ける。そこには起きたばかりのハルキが私たちを心配するかのようにして見ていた。ハルキが目覚めたのだ。
”大谷”という名札を持った男性と先ほどの看護師が現れた。大谷先生は夢で聞いたあの上司の声そのものだった。大谷先生は息子をあっちこっち触ったりしながらして痛い所などを探しているようだが、問題無さそうだった。
「うん、ちゃんと起きたね。これで問題はなし。二、三日様子を見て退院で問題はないです。後遺症もないでしょう」
「ありがとうございます。またあなたに助けられましたね」
「また?」
「いや、こっちの話です。すみません」と言い直すと、妻の顔は”これ以上何か口にしてみろ?後で地獄を思い知らせてやる”と言いたそうな感じで私を鋭く睨んでいた。
「面白い父さんだな。ハルキ君は父さん好きかい?」
「パパもママもだーいすき!!」
「そうか。いい家族に幸あれ。後は任したぞ、さくらんぼ」
「ちょっとー、大谷先生。その言い方は患者の前ではやめてって言ったのにー」
赤く染まるさくらんぼのような頬を染めながら彼女は私たちに今後の話をし始めるのだった。
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