17人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
プロローグ
遙か北の地――、桜の木を見上げる男がいた。
黒地に僅かに金を配した上着、膝までの黒いブーツ、肩に散る黒髪がサラサラと風に運ばれる。
「ふん、こんな状況でも桜だけは咲きやがる」
刀を手にし、男は漸く膨らみ始めた桜の蕾を皮肉った。
「副長、新撰組隊士全員揃いました」
男は、ふっと笑う。握りしめていた片手を開けば、『誠』の一字が記された鉢巻きがある。
はっきり言って、状況は良くはない。
転戦に次ぐ転戦――、北へ北へと向かった彼が辿り着いた地の春は遅い。
――ここが、俺の最後の地になるだろうな。
だからと言って悔いはない。それが、己で決めた道であり、運命。
胸の内に戦いの火が燃える限り、これまで刀一本で切り抜けてきた。彼のその火は、今も消えてはいない。
そうしてもう一度、桜を見上げる。
懐かしき戦友はもういなかったが、彼のその脳裏には今も焼き付いている。
「じゃ、行ってくるぜ」
最初のコメントを投稿しよう!