40人が本棚に入れています
本棚に追加
第5話 ベランダ越しのお楽しみ
どれくらい時間が経ったのかわからないが気が付いたら朝になっていて、視界には無造作に転がったビールの空き缶や空のつまみの袋が目に入った。
「うう、頭いたい」
完全に二日酔いだ。慣れないことはするものじゃないなと反省するものの、いまだにそれは改善されたことはないに等しい。友人の姿が見えないので頭を抑えながら立ち上がり、彼女の姿を探す。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
洗面所にいた彼女はヘアバンドをして顔を洗っていたのか泡だらけのまま振り向いた。
「うわ、すごい顔」
「その台詞、そっくりそのまま返すわ。あんた鏡見てみなよ」
そこには無意識に泣いていたのか赤く腫れた目に涙跡がくっきり残って、寝不足と二日酔いで顔は青ざめていた。
「さゆみ、逃げて。ゾンビがいる」
「残念ながらあんた本人だよ。まあ私はしえりがゾンビになったとしても逃げたりしないけど」
「何で、逃げなよ」
「大事な友達、見捨てることなんて私にはできないし、したくない」
「さゆみ…」
「昨日はごめん追い詰めるような言い方して」
「いいよ。親心なんでしょ」
「うん、お節介なのは分かってるけど、年頃の娘が心配でね」
そう言ってからお互い笑い合う。彼女はたまにこんな冗談をいうことがある。午後一で仕事の彼女は準備も含めてうちに帰らなきゃならないらしくテキパキと帰り支度をして出かけていった。
ドアを開けたさゆみは同じように隣りの部屋が開き、出てきた人物に目を丸くした。
「あんた、この前の。しえりのストーカーくん」
「ちょっと!違いますって。俺はただの編集者です。さゆみさん」
「名前で呼ばないでよ。慣れ慣れしい」
「そんなこと言ったって、苗字知らないし、昨日は先生の家に来てたんですか」
隼人は少し傷ついたようだったが、めげずに話しかけ、賑やかに会話をしながら二人は階段を下りていった。
私は二日酔いのせいもあり、ぐったりと眠っていたらしい。目を覚ました時は昼過ぎだった。二度寝はやっぱり気持ちよくてやめられないなぁ。のろのろと脱衣場に向かい、洗濯機のボタンを押した。メロディーがなるとかごに放り込んでベランダの窓を開けた。
すっきり晴れ渡った空を仰ぎながら眩しくて目を細める。タオルを広げて縁にかけようとしたお隣の彼と目があった。
「あ、こ、こんにちは!」
「ああ、あんたか」
「いい天気ですね」
「そうだな」
どうしょう、このままじゃ会話が終わっちゃう。なんか話をつなげなきゃ。でも一体何の話題を?どうやって?
「でもどっちかって言うと、晴れてる日はあまり好きじゃない。そんな日に出かける奴の気が知れない」
「ですよね。わざわざ人ごみの多い場所に出て行って疲れるくらいなら家でゲームしていた方がマシです」
「俺も休みの日くらいは誰にも邪魔されず一人で趣味に没頭したい」
「激しく同感」
こんなくだらない会話のやりとりの中に私達は何か通じ合うものを感じてしばし見つめあっていた。普通はこの話をしたら呆れられるかと思ったのに同じ考えの人がいて共感してくれるなんて。
「やっぱりあんた、おもしろいな」
そう言うと彼はいつもの堅い表情ではなく屈託のない笑顔をこちらに向けた。不意打ちにも程がある、何よ私のことは珍しいくらいにしか思ってないくせに。そんな顔されたら好きになっちゃうじゃない。
「どうせ変わってますよー。陽太さんだって人のこと言えないじゃないですか、あのテクニックはちょっとやそっとじゃ身につかないですし」
「まあ、俺もゲーマーだしな」
「ドラクエは進みましたか?」
「ああ、もう全部のオーブを集めて振り出しに戻ったあたりかな」
「え、早っ!嘘ー。私そこまでいってないのに」
「今回のはマップが画面に出るし、比較的やりやすいけど。まさか方向音痴で道に迷って進みが遅いとか?ゲーマーなのに」
「うるさいなぁ。行くとこ多いし複雑だからたまにわからなくなるんですよ」
「まぁ地図あっても洞窟とか複雑だったりするけどな」
不思議、今私、普通に彼と話せてる。あの誰にも話しかけられたくないオーラ全開の彼と趣味を通してならこんなに自然体になれるんだ。なんかうれしい。
「そうなんですよー。あと武器とか買うのにお金稼がないとで必死で戦ってるから」
「あぁ。あれはな。じみに大変」
「そう!しかもパーティー多いし、あ、ごめんなさい」
「何?」
「いえ、ついタメ語になっちゃって」
「いいよ、別に。気にしないから」
「そ、そう…ですか」
「ほら、また」
戻ってる。と言いながら意地悪そうに笑う。私は何だか気恥ずかしくて下を向いた時、風で洗濯物が飛びそうになったのを隣にいた彼がハンガーごと受け止める。思わず叫んだ。
「ナイスキャッチ!」
「全く、止めとかないから」
「ごめん」
風が強くなってきたので私達はとりあえず、じゃあまたと言って別れた。昼から彼に会えてちょっと話せた。今日はいい日だ。
日が西に傾き、オレンジ色と青が混ざりあった夕焼けが窓から見える。休みの日ってどうしてこんなに時間が過ぎるのが早いのだろう。日曜の夕方はいつも切ないような名残惜しいような気持ちになる。
夕ご飯を食べ終わり、テレビもつける気にならなくて冷蔵庫に冷えてるはずのビールを取り出す。今日は飲まないつもりだったのに何だか無性に飲みたくなったのだ。
ベランダの窓を開けると少し冷たい風が入り込む。ビール片手に窓を閉めて夜空に点々と散らばる星を眺めているとのんびりと煙草を吸っている隣人と目があった。
「こんばんは」
「こんばんは。あなたも食後の一服?」
「まあね、ここわりと見晴らしいいなと思って」
「そうでしょ!私もここがお気に入りの場所なんだ」
「へぇ、じゃあ俺もそうしようかな」
「え?」
お気に入りの場所を一緒にってことはその、これからもこうして一緒にいる時間が増えるってことかな。それって期待してもいいってこと?なんかそう考えたらそわそわしてきた。大丈夫かな、私、挙動不審じゃないよね。
「ダメ?」
「あ、いや、だめじゃない。全然だめじゃないよ!」
私の思案顔に気付いたのか困ったような目で見られて、慌てて首をぶんぶん振って訂正しようとすると相手は急に吹き出した。
「ふはっ、日本語おかしくなってるよ」
むしろ大歓迎です。と顔に書いてあるのがばれていないか冷や冷やした。彼みたいなタイプはあまりがつがつしたり責めすぎは禁物だ。もし私がクールでミステリアスな女になれれば駆け引きもうまくできたのかもしれない。だが実際はさゆみが言うように恋愛に対して不器用で臆病者だ。人間、そんな一日や二日とかで急に変われるわけがないのだ。悲しいかな、得意な戦術も気になる相手の前では何の意味もなさない。
「酒弱いのにビール好きなんだ?」
「あ、あれはっ、会ったばかりだったし緊張してたから酔いが回るのが早かっただけで」
「ふーん、緊張ねぇ。そのわりには人ん家でいびきかいて爆睡していたけどね」
「か、かいてないよ!いびきなんて」
「いや、寝ていたから気づいてないだけだって」
「あの時は迷惑かけて、ごめんなさい」
あの時のことを言われすっかり落ち込んでしまった私を見て満足げに顔色を覗きこんできた。きっと分かっててやってる、本当に意地悪い人だ。
「…楽しそうね」
「うん、楽しいよ。あんた見てるとみていて飽きない」
「また馬鹿にして!ほんと失礼な人ね。そのにやけ顔、普段もそうしてれば少しは印象柔らかくなるのに」
「俺、そんな堅そうに見える?」
「うん、話し方もぶっきらぼうで初めはちょっと怖かったし」
「いや、あれはそっちがじろじろ見てくるからなんかムカついて反撃してやろうと思って」
「ひどっ、私そんなつもりじゃ」
「じゃあ何で」
「それは…」
思わず言葉につまる。自分の書いた小説に出てくるキャラに見た目がそっくりだったから見とれてたなんてはずかしすぎて口が裂けても言えない。
「顔、赤いよ」
最初のコメントを投稿しよう!