第7話 運命の4人

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第7話 運命の4人

1週間とは早いものだ。いつの間にやら週末になっている。土曜の昼間は大抵さゆみの店で遅めのブランチを過ごすのが最近の楽しみだ。外の緑豊かなお庭や花を見ながらのんびりくつろぐ。これが至福の時間。すごく楽しい、楽しいはずだった。こいつさえついてこなければ。 「何でまたあんたがいんの」 「いいじゃないすか。俺も遊びじゃないんです。先生がサボらないように見張っているんですよ」 「それが迷惑だっていうのよ。少しは 信用してくれない?」 「一昨日の夜、締め切りに間に合わせるとかいってゲームしたまま寝落ちして連絡くれなかったの誰ですかね?」 「それは、それ。これはこれよ」 確かにあれはまずかった。ちょっと休憩しようとドラクエやってて気がついたら寝落ちしてて全く手につかないまま朝になっていたらしい。朝方に隼人くんから抗議の電話がひっきりなしにかかってきていた。 「信じられませんよ、しかも一度や二度じゃない」 「わかった、わかったから」 「散々待たされたことに対する詫びとして今日は昼飯おごってくださいね」 「たかりにきただけじゃない」 そこへナンつきインドカレーを運んできたさゆみがトレーを置いてから言い合いをやめない二人を見比べて言った。 「痴話げんかもそのへんにしときなさいよ」 「そんなんじゃない!」 「違うって、さゆみちゃん」 「だから、馴れ馴れしいのよ。あんたは」 「ひどいなぁ、じゃあ俺も先生と同じのください」 「ナンつきインドカレーですね、かしこまりました」 気の毒なほどに軽くあしらわれている彼にさすがに同情したくなった。 「あ、さゆみ」 「何?」 私は椅子にかけてあったバックから文庫本を取り出してさゆみに手渡した。1週間前に借りたハリーポッターシリーズの続編だ。 「これ、ありがと。おもしろかった」 「そうでしょ、てか読むの早いね」 彼女は文庫本を手に取るとエプロンのポケットにそっとしまい込んだ。それを見ていた隼人くんが何かを思い出したようだ。 「そういや、この前貸したハリーポッターのDVD、まだ返してもらってないや」 「えっ!隼人くん、DVD持ってんの?見たいなぁ」 「はぁ。けど、今知り合いに貸してるんでちょっと聞いてみますね」 スマホで誰かにLlMEを送っているようだ。彼曰くすぐに持ってきてくれるらしい。近くに住んでいる人なのかな。何にしろずっと見たかったハリーポッターの映画をただで見れるのはうれしい誤算だった。隼人くんが電話を受けて話している。 「ああ、はい。今、ラピスラズリっていうカフェにいます。今、先輩どのへんですか?」 「貸している人って、先輩なの?だったらいいよ。無理にとは言わないー」 私が言いかけた時、彼があ、きたと振り向いたと同時にその人物と目があった。私は予想外の人物が現れたことに目が点になった。 「また、あんたか。ていうか隼人!何なんだよこのメールは!」 そう言うなり、既読のメール画面を見せ付けてきた。そこには「この前貸したハリーポッターを今すぐ返してもらえませんか。怖い人に貸してって脅されてて」と書かれていた。 「ちょっと!怖い人って私のこと?変なこと言わないでよ!」 「こんなの見たら、お前がなんかやばいことになってんのかと思って焦った」 「すんません。こうでもしないと陽太先輩面倒くさがってきてくれないと思って」 「お前なぁ、でもまあ何事もないようで安心したよ」 彼は困ったように微笑むと鞄をあけてDVDを取り出した。そういえば、いつもの彼なら外に出るのもおっくうだからと嫌がるのに後輩のピンチには躊躇なく駆けつけてくれるなんて意外と優しいとこあるんだ。隼人くんがちょっと羨ましいかも。 「陽太さんもハリーポッター好きなんだ」 「ああ、本も持ってるから映画だとどんな感じなのかなと思って」 「へぇ、意外」 私達が話しているとさゆみがカレーを運んで近づいてくるなり、明らかに人が増えてるのに気づき、疑わしげに首を傾げた。 「あの、お客様、椅子をお持ちしましょうか」 「ああ、いいです。届けにきただけなので」 「そんな、せっかく来たんだしゆっくりしてきましょうよ。陽太先輩」 隼人くんに引き止められても顔をしかめながら席を立とうとする彼と椅子を用意しようかとオロオロしているさゆみ。彼女は名前を聞いてこの人物にピンときたらしい。私達そっちのけで話をふってきた。 「もしかして、しえりのお隣に住んでる方?」 「ええ、まあ最近越してきたんです」 「あらまあ、しえりがいつもお世話になってます~」 「あ、はい。お世話してます」 彼の嫌味の含まれた返事にあはは。あんた、ひどい言われようねと彼女や隼人くんに笑われて正直おもしろくはなかった。さゆみの会話スキルである親戚のおばさん並みのフレンドリーさも今ではただただ、わずらわしかった。 「ちょっとさゆみ!」 「ごめんごめん、いやーはっきりいう方でおもしろいなって。嫌いじゃないわ。あなたみたいな人」 「そうですか。そりゃどうも」 「私はしえりの友人の松山さゆみです。よろしくね」 「川崎陽太です。よろしく」 案の定、さゆみが名前を聞いて何かを言いかけたので私は言わんとしていることが分かり、慌てて話題を変えようとしたが、隼人くんに邪魔されてしまった。 「これも運命ですね、先生」 「ちょっと隼人くん、余計なこと言わないで」 正直、私は彼が何を言い出すのかと冷や冷やした。それを知ってか知らずかバレそうでバレない彼なりの見解をつらつらと語り出した。 「なるほど。これがドラクエだったら主人公を助ける運命の仲間たちが一気に集まって魔王を退治しにいく流れですね」 何やら興奮しているがどんな流れだよと突っ込みたい。さゆみはともかく、隼人や彼が加わってもクールすぎる彼とちゃらい担当では大して役には立たない気がしてきた。無理ゲーにも程があるわ。 「レベル上げ、頑張りましょうね。先生」 「隼人くん、カレー冷めるよ」 私に言われて慌ててスプーンでカレーを食べ始める彼にため息をついた。陽太さんといえば、さっきので帰るタイミングを逃してしまい、仕方なくコーヒーを頼んで飲んでいた。この前会ったばかりだというのにすぐ傍にいるというだけで、心もとないような落ち着かない気分になる。なるべく悟られないように私は平静を装っていたが勘のいい隼人くんにはバレバレだったらしい。 陽太さんがトイレに立っている間にひそひそ声で、テンパりすぎですよと耳打ちされてカァーと全身の血が頭に上ったかのように真っ赤になった。彼が戻ってきたときに耐えられなくなって席を立つと何と彼も同時に立ち上がったので逃げ場がなくなってしまった。 「あの、来たばかりだし、もう少しゆっくりしたら?」 「いや、元々帰るつもりだったし」 いやいやいや、何でついてくるの??と混乱している私と飄々とした態度でついてくる彼の様子を見て、さゆみ達はおもしろそうにしていたらしい。案外この二人も似た者同士だと思う。 「あの二人、どうなりますかね」 「さあ、前途多難ってとこかしら」 「俺は意外とうまくいくと思うな」 「あなたも邪魔ばっかしてないではっきり言えばいいのに」 「えっ、何を」 「好きなんでしょ。しえりのこと」 「はぁ?何を言うかと思えば。先生はそういうのではなくて俺が好きなのは」 そこまで言いかけて俺ははっとなった。いかん。どさくさに紛れて何を口走ろうとしているんだ俺は。 「俺が好きなのは?」 「さ、刺身だよ。ほら最近暑くなってきたしそろそろ海鮮が食べたいかなって」 「刺身ね。私も好き。なんか食べたくなってきちゃった」 「じゃあ今度食べに行きます?俺うまい店知ってるよ」 「さすが編集者さんね。物知りだこと。それって回る寿司?」 「回らない寿司屋だよ」 「じゃ行くわ。もちろんあなたの奢りね」 彼女の満更でもなさそうな返事が返ってきて俺は密かにガッツポーズをした。
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