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「おじゃまします」
「どうぞ」
彼はリビングに入ると一通り辺りを見回して意外そうな顔をした。
「へぇ」
「何?あ、お茶どうぞ」
「どうも。いや、思っていたより女の子らしい部屋だなと思って」
「へ?」
「ぬいぐるみとか、好きなの?たしかモーミンだっけ。必死だったし」
「あー。ぬいぐるみは好きだからいくつか飾ってはあるよ。実家にもあるし」
「実家にもあるのか」
「ありすぎて、置ききれないんだよね」
「なるほど。キャラクター好きなんだな」
「そんなじろじろ確認しないで」
「まあ、殺風景な部屋よりはいいんじゃない」
「どうも」
何だかいまいち現実味がわかない。目の前に彼が座って私の淹れたコーヒーを飲んでいる。伏せた目をよく観察してみると長い睫毛で覆われていた。やっぱりかっこいいなぁ、と見とれていると顔をあげた彼と視線がぶつかった。
「あのさ、そんなに見られると飲みずらいんだけど」
「み、見てない。見てないよ!」
どうやらこちらの視線に気づいていたらしく彼は気まずそうに顔をしかめた。それから伸びをして後ろに寄りかかろうとして、ソファの白いくまのぬいぐるみに気がついた。
「これ」
「あ、うん。この前、陽太さんが取ってくれたぬいぐるみだよ。かわいいから一番目立つとこに置いてるんだ」
「へぇ、気に入ってるんだ。取った甲斐があったな」
「あの時はありがとね」
「ああ」
「あれ、どうしたの。もしかして照れてる?」
「…別に照れてない」
そう言っていながら顔をそらした時、少し顔に赤みが差している気がした。素直に礼を言われたからかクールな彼でも照れたりするんだ。ちょっと新鮮かも。
「そう言えば、あなたがハリーポッターをみたいだなんて意外だね。そういうの興味ないと思ってた」
「ああ、初めはそこまででもなかったんだが、あいつがしっこく勧めてきたからな」
「あー確かに隼人くんは自分の嗜好を布教したがるよね、押し付けがましいというか」
「まあな、でもまあ、たまには違った楽しみもあってもいいかと思って」
「それで、見てみたら見事にハマッたと」
私のしたり顔を見ないようになのだろう。わざとらしく彼は顔を背けようとした。本人的にはまんまと策略にハマッた自分に納得ができてないようだ。案外、チョロいと思った。
「だってさ、反則だろ。あれ。かっこよすぎるだろ、実際」
「わかる~!魔法の世界に住みたい!ってなるよね。ドラクエみたいなドラゴンや魔法で戦うシーンとか、もう最高!」
「リアルドラクエがしたいって思った。今すぐ現実逃避して冒険に出発し魔王(社会の闇)を打ちのめしたい」
「ごめん。ちょっと何言ってるかわからないんだけど」
突然、謎の使命感が芽生え始めたこの隣人は頭がいかれてファンタジーと現実の区別がつかなくなったのか。はたまたこれが素の彼なのか。でもなぜか目を離せなかった。
「いつもそんな感じだといいのに」
「え?何が」
「今日はいつもより話しやすいっていうか、威圧感がないせいかな」
「そう?俺、普段そんなに怖い?」
なんと、本人には自覚がないようだ。普段あれだけシールド張ってシャットアウトしているくせして。こっちの誘いにはちっとも乗ってこないし。女に興味ないのかなんて思ってた。
「侵害だな。興味くらいはある」
ええ??なんで今私の考えてることわかったの?エスパー?なんか得たいが知れないオーラあるしやっぱりこの人エスパーなの?
「いや、別に。しえりがわかりやすいだけだけど」
「なっ!また人を馬鹿にして!何よ。いつも能面被ってるみたいに冷淡で誰も寄せ付けないあんたに言われたくない。もっと愛想よくしたらどうなの」
「馴れ合いは嫌いなんだよ」
「でも、私とは話してくれるじゃない」
「そう言えばそうだな。何でだ」
「私に聞かないでよ」
投げかけられた不明瞭な問いに私は気づかないふりをした。もしかして異性として少しは意識してくれているのかもしれない。もしくは私を信用してくれているのか。
「あんたといると、楽だし居心地がいいんだ」
「えっ」
「…たぶん、同類(オタク)だからかな」
ずるい、ずるいよ。そんな笑い方しないで。馬鹿な女は勘違いしちゃうじゃない。どうしよう、胸の鼓動がさっきから鳴り止まない。みるみるうちに赤くなって思考が停止状態になる。
「しえり…?」
黙り込んでしまった私を不思議そうに彼が覗きこんでくる。やめて、そんなやさしい声で今、名前で呼ばれたら平常心じゃいられなくなる。
「どうした?具合でも悪いのか」
「……」
その瞬間、大きな手が額に乗せられた。熱を測っているとわかるまで数分はかかった。至近距離に心臓が跳ねる。
「な、何をっ!」
「ああ、ごめん。顔赤いし熱でもあるのかと思って」
「いやっ、うん、そうかも。私ちょっと変なのかもね」
ばれないよう必死に取り繕ったつもりだが彼はいまだに怪訝な顔をしていた。これは心配してくれているのだろうか。ツンツンしてるわりには優しいし、実は面倒見がいいのかもしれない。
「…陽太さんって兄弟とかいるの?」
「いるよ、弟が」
「へぇ、だからかぁ」
訳知り顔で頷く私を見て、彼は不機嫌そうに横目でこっちを見やった。もしかしてあまり知られたくなかったのかな。
「弟さんは何歳なの?」
「年離れてるからな、えっと確か今29くらいか」
「若いね~」
「って言ったって、あんたとあまり変わらないだろ」
「え~変わるよ~」
陽太さんの弟かぁ、どんな人かなぁ。会ってみたいなぁ。似てたらきっとイケメンだろうな。そしたらハイスペック兄弟じゃん。あ~気になる~
「私は兄弟とかいないから。なんか羨ましいな」
「そっかー?すぐケンカになるしうっとうしいし、面倒だけどな」
「え、喧嘩とかするんだ。想像できない」
「あんたなぁ、俺を何だと思ってるんだ」
彼はため息をついたが、なぜか口元は緩んでいた。口ではけなしていても心の奥底では弟や妹のことを気にかけていることが伝わってくる。いいなあ、兄弟って。一人っ子の私には未知の世界だけどこういう場面に遭遇すると羨ましいと思ってしまう。
「俺は一人っ子が羨ましかったけどな」
「えー。そんないいことないよ」
「何でも買ってもらえて親の愛情独り占めできるだろ」
「よく羨ましいって言われるけど親の怒りの矛先は私だしプレゼントの出費も自分だし悩み事とか思いを共有できる相手いなかったからそれが嫌だった」
「意外だな。そんな風に思ってたんだ?」
「まぁね。親がいなくなったら一人だしやっぱり少し寂しいと思う時もあるかな。そういう不安はいつも感じてる」
彼は遠い目をしてそう呟いた私を何をいうわけでもなくただ見ていた。何でだろう、彼の前だと話さなくてもいいことまで話してしまう。ただ黙って話を聞いてくれるだけだったけど、彼と一緒にいるこの時間は私にとって特別で心の拠り所だった。
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