第8話 仮面の下の素顔

1/2
前へ
/63ページ
次へ

第8話 仮面の下の素顔

週明け、いつも通り職場に向かい、デスクで身支度を整えていると、何やら視線を感じる。気のせいだろうとパソコンを立ち上げてマウスでメールを確認していると、今度はひそひそ声が聞こえてきた。何だろう、皆私の方を見ながら話してる気がする。 「おはようございます」 と元気よく挨拶したのに皆、こそこそ何やら耳打ちして去って行った。私が近付けば近づくほど、蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。 いつもなら特に気にもとめられずに一日が終わるのだが、今日はなぜか注目されているようだ。こちらを遠巻きに見ている人達の中で共通するのは、スマホを見て何やら話してることだ。その中からやだ、何これー?全然違うじゃないとざわめき始めた。一体何なんだと腹が立つのを我慢して無視を貫き通していると騒いでいた一人が意地悪い笑みを浮かべてやってきた。 「これって西宮さんなんですよね?いつもメイクばっちりで完璧なのに普段はこんな感じなんですね」 「え?」 見せられたスマホの画面にはいつ撮られたのかノーメイクで眼鏡をかけてグレーのスウエット姿の私がいた。おまけに徹夜明けで顔にクマができ、死んだような目をしている。最悪だ。一体、誰がいつどこでこれを撮ったんだろう。もの好きもいるものだ。グループLIMEに誰かが載せたらしい。 その写真はあっという間に社内に拡散され、私のことを慕ってくれていた後輩、しつこく言い寄られていた同僚が舌打ちをしながら、マジかよ騙された!と叫んでは女って化けるものだなとドン引きしていた。同一人物とは思えない、詐欺だなどと中傷する内容も聞こえてくる。 写真を撮られたことに対してはそこまでショックではないが、ドライな私も一日中、非難の声を浴びせられて針のむしろ状態だったので精神的にも追い込まれていたので、正直、生きた心地がしなかった。 長い一日が終わった。もちろん仕事に全く集中いつもなら残業して帰るのだがさすがに今日はそんな気にはなれなかった。逃げるように会社を出て、それからどうやって家まで帰ったのか覚えていない。 泥のようにベッドに横になり目を閉じると先ほどのあざ笑う声や蔑むような視線がちらつき、なかなか眠れなかったので私はそのまま這うようにして冷蔵庫までいき、渇ききった体に缶ビールを一気に流し込んだ。空きっ腹にアルコールはかなり効いたらしく数分で意識が朦朧としてきた。 もうこのまま酔いつぶれてしまえたらどんなに楽だろう。目が覚めたら全て悪い夢であってほしい。そんな浅はかな期待を抱いてしまうほどに弱っていた。 手元の携帯のLIMEのやり取りのメロディーが鳴り止まない。おもしろがってトークが白熱しているのだろう。ツイッターにまで例の写真が上げられて詐欺だとかウケるとかこのなりで恋愛小説書いてるとかキモイ、ありえないなどとネットでも非難の嵐だった。人は他人を陥れるためならどんな手段でも使う。例えそれが友人でも。 写真を上げた犯人は大体、検討がつく。私の近所に住む同僚の今井さん。わりとよく一緒にお昼を食べていた人だった。一人で休憩していた私のとこへやってきて誘ってくれ、それから徐々に仲良くなっていった。私も彼女には何でも話した。小説を書いていることも実はキャラ作りしていることも含めて全部。でも今思えば、信じていたのは私だけだったかもしれない。 彼女には東条さんという好きな人がいて、彼は営業部のリーダー的存在で誰からも好かれていた。東条さんはクールな性格だからかまわりの女子には見向きもせず、なぜか興味なさそうな私にばかり声をかけてきた。もちろんモテる彼である、狙っている女子は大勢いて、ガツガツせず、慎ましく愛想を振りまいて男性社員にチヤホヤされていた派遣の私を忌み嫌うようになった。私はそれでも構わなかった。彼女だけは私の味方だったからだ。 でも1週間前、東条さんに告白されているところを彼女に目撃されてから態度が激変した。今まで犬のように付きまとっていたのがピタリとなくなり影でこそこそするようになった。 私は東条さんのことはそもそも異性としてみてなかったし、上から目線で物をいう態度が好きじゃなかったのでもちろんお断りしたが、それが彼女達の怒りを買ったようだ。仮に告白を受け入れたとしても同じ結果なのは言うまでもない。女の嫉妬とは恐ろしいものだ。 そんなこんなで女の友情なんてものは脆くもあっさり崩れ去り、打ち砕かれた。恋愛なんて傷つくだけでいいことなんてない。信じていた人に裏切られるわ、馬鹿にされて晒し者にされるわでもう散々だ。もう、なにもかもどうでもいい。 自暴自棄になって枕元のスマホを掴むと隅っこに投げつけた。カランカランと鈍い音と共に携帯の電池パックの蓋がはずれた。 それから私は全てをシャットアウトして寝込んでいた。隅っこに転がっているスマホが緑色に光っているのに私は気付かなかった。しばらくして今度は赤いライトが点滅している。これも私は無視を決め込んで放置していた。 どれくらい時間が経っただろう。今度はピンポンと2回ブザーが鳴らされた。その後、ガチャガチャとドアノブを回す音がしたかと思うと、あれ、なんだ開いてるぞという声が聞こえた気がした。 俺は返事がないのでドアノブを回すと不用心にも鍵がかかってないドアをそっと開けた。 「なんで開いてるんだ。いるのか」 足を踏み入れた途端、床にあった何かを踏んだ気がした。驚いた拍子にそのまま転んでしまった。 「いたた。何だったんだ。って、足??」 彼は踏んだものの近くを注意深く見てみると人が倒れているのに気づいてぎょっとした。さっき踏んでしまったのはどうやら足の裏だったらしい。 「おい、生きてるかあんた、おい!」 大きく体を揺さぶってもぐったりしていて反応がない。まさかもう手遅れなのか。隣人が原因不明の突然死なんて夢見悪すぎるだろ。 不吉なことが頭をよぎって一気に真っ青になり、必死になって呼びかけた。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加