ご主人様は、あなたです。

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 ゴクリと喉を上下させ、ゆっくりと近づく。小さな世界を閉じ込めていた半開きの木製の板に腕を伸ばすと、それを掴んだ右手に力を入れる。思ったよりも簡単に、残りの世界はスライドしながら僕の前に姿を現した。  誰もいない。  少し緊張していた心が、安堵する。扉が開いていたので誰かいたらどうしようかと思ったが、どうやら僕の杞憂だったらしい。 ほっと息を吐き出したついでに扉横の壁にあるスイッチに伸ばした手を、僕は寸での所で止めた。さすがに電気をつければ誰かにバレてしまう。 幸いにも、蛍光灯の明かりが無くとも、扉のガラス窓に差し込む西陽で室内は見渡せた。それに、薬品を探すなら携帯のライトを使えばいい。僕はそう思い、口の開いた準備室の扉を再び閉めた。  空気の流れが閉ざされ、聞こえていた日常の音が遠ざかっただけでも、何だか自分が一歩死の世界に入り込んだ気がした。  僕は隠れるように扉から離れると、小さな室内を見渡す。壁にずらりと並んだガラス棚には、見覚えのある薬品の姿がある。  エタノール、アンモニウム、水酸化カリウム……。授業で聞いたはずの詳しい成分はもう思い出せないが、一つくらいは危険なやつはあるだろう。  こんなところで薬品を使って命を落とせば、僕の幽霊はこの部屋に住み着くのだろうか?     
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