第五話 オレも乗っかってみるでござる

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第五話 オレも乗っかってみるでござる

 今日もまたユズキは女子に囲まれていた。一方、オレはというと登校してから、支給されたタブレットでLSSのマニュアルを読みふけっていたので、誰から話しかけられてもぞんざいな返事をしていた。今のオレなら趣味とか聞かれたら、電車の時刻表を集めることなんて適当な答えを用意しそうだった。時刻表を眺めるのは嫌いじゃないが、そんなものを見るくらいならアキバシティでメイドさんでも見ていた方がマシだ。  大体、時刻表を眺めるのが好きというヤツは居るのだろうか。居るかもしれない。時刻表を眺めるのが嫌いというヤツよりかは確実に居るだろう。時刻表を眺めるのが嫌いというヤツはきっと、むかし時刻表に嫌なことをされたか、時刻表に何か深いトラウマがあるやつだけだ。そんなヤツを探すんだったら、時刻表を眺めるのが好きなヤツを探した方が簡単だとオレは思ったが、そんなヤツを見つけてどうしろというのだろう。  予鈴が鳴ったので、オレはタブレットをしまい、大きく伸びをする。文章を読むのは嫌いじゃないが、これだけ長いと疲れてしまう。しかも、このマニュアル、やたらと専門用語が多い。校内のLANを使って、語句を調べることが多くて頭も使う。冷蔵庫のマニュアルの方がよっぽど易しい気がするけど、生憎オレは冷蔵庫のマニュアルなんて見た事が無かった。  きっと冷蔵庫にもマニュアルはあるのだろうけど、オレは冷蔵庫を買った事が無いし、夕凪寮の冷蔵庫のマニュアルを探すのも苦労しそうだ。そこまでして冷蔵庫のマニュアルなんて見たくないし、見たところでコンセントの挿し方と掃除の仕方が載っているだけだろう。オレは冷蔵庫の掃除は濡れタオルでササっとやるだけだから、マニュアルを開く必要なんて無い。その上、冷蔵庫のマニュアルのことを今考える必要なんて無い。  まだ予鈴なので、さくさんの姿は現れない。むしろ、来なくていいよとオレは思ってしまう。さくさんの授業は分かり易くは無いが、理解がし辛い。つまり、訳が分からない。有象無象を並べ立て、困惑するオレの姿を見て楽しげな顔をされると、やはり担任が和樹先生の方が良かったとか思ってしまう。秋桜のような可憐な言葉で、華やかな授業をしてくれたらどんなにオレは学校が楽しみになろうのだろうか。  黙々とネットブックを見ていた所為か、気疲れしてしまった。オレは頬に肘着いて、ユズキとは逆の方、右の席の女の子の観察を始めた。ヘアピンがよく似合う娘だった。長い前髪を纏める一つのヘアピンはスリーピンと呼ばれるタイプの代物である。いわゆる、パッチン留めと呼ばれるそれは、トリのクチバシのような可愛い三角形で、開いてパチンとするタイプだ。一度に大量の髪を纏めることが出来るので、可愛い女の子にも、可愛くない女の子にも、可愛くないユズキにも人気の代物だ。 「へいへいへい」  大人しそうな可愛い子は嫌いじゃない、オレはヘアピンちゃんに声を掛けてみることにした。彼女は驚いたのか慌てたのか、持っていた筆箱を落としそうになってしまう。いわゆるドジっ子というヤツかもしれない、小動物のような仕種に少しばかりのトキメキを感じながら、オレはベーコンの入ってないカルボナーラってどう思うのか聞いてみることにした。 「ベーコンの入ってないカルボナーラってどう思う?」 「……え?」  意図が分かって頂けて無いのかもしれない。オレの質問にヘアピンちゃんは、可愛いつぶらな瞳を点にする。そのやり取りを見ていたのか、ユズキのアホが助け舟を出してやんよ、と言いたげな表情で口を挟んできた。 「まだその話ー? いい加減、しつこいでござる」 「しつこいでござるかいな?」  ユズキが妙な口調をしたので、オレも乗っかってみるでござる。 「どういうことでありますか?」  幼さの残る無垢な表情のまま、ヘアピンちゃんは首を傾げるでござる。 「どういうことでありましょうね」  そんな感じでオレが遊んでいると、居た堪れなくなったのだろうユズキが半身を机に乗り出して、ヘアピンちゃんに説明を始めたでござる。 「今朝ね、衣玖の奴がカルボーナーラ作ったの。でもね、こいつベーコンを入れ忘れちゃってて。冷蔵庫に無かったから、そのまま買いに行こうとしたのを止めたら怒っちゃって」 「あのカルボナーラは出来損ないでござる」  オレは料理にはうるさいんでござる。非常に拘りがあるでござる。以前、バイトしていたヴェネツィアン・レストランのカルボナーラは絶対ベーコンが入っていたので、そこは譲れやしないでござる。 「でも、美味しかったけどね」  そんな馬鹿のやりとりを見ていた後ろ二人の女子が、身を乗り出して質問を投げかけてきましたでござる。 「なになに、山羽葉くん料理するの?」 「美味しいのかな?」 「うん、衣玖の料理は美味しいよ」  ユズキが笑顔で応えるのでござる。オレのことを褒めているはずなのに、そんな可愛げのある表情をすると、オレの料理を褒めているユズキ可愛いなんて思われるに違いないでござる。なんだこの天然ジゴロ。アイツだけは、この学校に入って正解だったような気がしてならないんでござる。 「食べてみたーい」 「今度作ってー」  男子が喋るだけで、結局こうなるのでのござる。バイ疑惑が解かれた瞬間に、これでごわす。オレは喧しい後ろの声に、手だけで返事をして机にうつ伏せたのあったの巻。
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