第一話 バイはやめてください。バイだと思われます

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第一話 バイはやめてください。バイだと思われます

 オレは今、非常に困っている。困ってるなら、現実逃避から始めよう。誰しも自分が信じられない状況に陥った場合、まず始めるのは現実逃避からだ。これは大自然の掟であり、ワールドワイドな事柄に違いない。  同じくらいの困りかねない話を考えてみると、オレの左足首に伝説の紋章が浮かんで貴方が勇者だったんですよというパターン。これはカッコイイ、カッコ良過ぎだろ。それから剣と魔法と愛と勇気をどうにかする物語が始まるから、非常に素敵だ。  他のものに例えてみよう、貴方は来週死にます(ビギニング・フロム・デス)と医者に言われるとか。でも、そんな話の場合、余命一週間を宣告されたくせに、五体満足で一週間生き述べられるだろうから。真実の愛と勇気とか、ついでに剣と魔法とかも入るだろうから、やっぱりパネエ。  じゃあ何で、今の状況は素敵に思えないのだろう。オレは男なら誰しも羨ましく思うような、このシチュエーションに困る理由を考えてみる。やはり剣と魔法と愛と勇気が足りないのかもしれない。  そんな無駄な現実逃避を止め、ちらりと横目で左を見る。唯一の男子クラスメイトのユズキが、鼻歌交じりでタブレットを肘着いて見ていやがった。インストールされているマニュアルを読み耽っているのであろう。甘いものを食べたときに見せる女の子の笑顔のような表情がそれを物語っている。  オレとて例外ではないが、アイツなんか常軌を逸してるほどのロボ好きだ。ロボとガンとスポーツカーとミルクティーとビーフジャーキーさえあれば、世界に何も要らないということを知っている。勿論、奴の世界に愛と勇気なんて必要ない。だから、周りの状況も気にせず、ああいうものを眺めていられるのだ。あの図太さは見習わなければならないかもしれない。  それにしたって、よくもまぁ、こんな状況で呑気にしているものだ。ユズキのマイペースさには程ほど参ってしまう。奴に期待するだけ無駄だけど、オレも大して期待しちゃいなかった。期待しちゃいなかったけど、ちょっとはこっちに気を掛けて欲しかったかもしれない、ちょっとだけな。
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