第四話 チーズが食べたくなってくるじゃないか。

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第四話 チーズが食べたくなってくるじゃないか。

 朝目覚めると、自分の隣にユズキが居た。ユズキは女みたいな顔をしてるが、正真正銘オトコだ。普通の人間なら女の子と間違え、何かの間違いを犯してしまったのだの騒ぐだろうが、生憎オレは高校のときからコイツと暮らしているので慌てはしない。それにコイツ相手ならナニが付いてなかろうが、きっと何も起こらないな。  ただ、他人の布団に寝ぼけて入り込む癖は何とかして欲しい。高校の時も同じ寮で、しかもルームメイトだったので、それは日常茶飯事だった。こんな状況を他人に見られたら、オレは本当にバイだと思われてしまっても仕方ない。  夕凪寮。オレら二人が昨日から住まうことになった、LSS学部のみが使う男子寮である。今はLSS学部に男性は三人しか居ないので、勿体無いことに六部屋ある半分は空いていた。もしオレが金持ちならば、一部屋をワインセラーにして、もう一部屋を書庫として使ってもいいくらいだ。残り一部屋はモニタールームとかでもいい。大画面のプレジェクターで、アダルトビデオなんか見れれば最高じゃないか。  さくさんの住まう101号室以外は、しばらく使っていなかったのでかなり埃っぽかった。まるで埃まみれであることが誇りのようだ。床は真っ白な上に、壁も真っ白で、天井も真っ白。埃の存在が部屋をここまで純白にしてしまうのなら、漂白剤の存在意義が無くなってしまうのではないかと思えるほどだ。  ユズキが引越し祝いの酒代を出すという条件で、オレは奴の部屋まで掃除をしてやった。買出しから帰ってきたユズキの袋を見ると、中にはなんとジンとテキーラの瓶が二本。それだけ。適性があるから大丈夫だろう、なんて言うアイツの主張を真に受けてしまったオレは、喉の渇きに苦しむことになった。  氷を入れようが何しようが、スピリッツをほぼそのままのカタチで口をつけるというのは、カレールウをボリボリ齧ることと変わらない気がする。酔いに満たされる満足感はあるが、味気ないにも程がある。せめて、オレはソーダが欲しかったので、勝手にアイツの財布を持って、再び買出しへと赴いた。  夕凪寮から徒歩二十分、鳥井大学を出てすぐにコンビニがある。オレはそこでソーダと、明日の朝食の材料を買って帰宅。  ソーダという心強い味方をつけてしまったので、血中アルコール濃度を上げるスピードはグイグイとあがり、気がついたら朝まで倒れてしまっていたのだ。  時刻は七時半。夕凪寮は学校敷地内だから、校舎まで徒歩五分に満たない。余裕すぎる時間帯だ。ジンとテキーラの空き瓶を片付けようとすると、中身が空になっているのに気付いた。スピリッツ二本を二人で空けたにも関わらず、二日酔いになってないことにオレは驚いた。ユズキも二日酔いになっていないとしたら、これがスピリッツの適正の成せる業なのだろうか。  なんてな、多分上手い具合にソーダなんかを使用したから、運良く元気なのだろう。いくらアルコール遺伝子があろうと、肝臓は普通の人間と変わらない。アルコール遺伝子があったって、ミミズだってオケラだってアメンボだって、酒が強いと限らない。オレは気を取り直して、洗濯機を回した。  朝食にと米を研ごうと冷蔵庫を空けたら、米が無かった。そういえば、オレは米を買った覚えが無い。買ったとしても冷蔵庫には入れないだろうし、よくよく考えてみると炊飯器も無かった。オレは朝一番の愚考に一人赤面しながら、そういえばと昨晩買っていたなとコンビニの袋からパスタを取り出した。  手鍋に湯を張り、塩を一つまみ入れて火にかける。五リットルくらいしか水は入れてないけど、この方が早く沸く。  水を沸かしているうちに、昨日の後片付けをすることにした。ゴミをまとめ、残ったチーズにアルミホイルに巻いて冷蔵庫に入れた。何故、アルミホイルかと言うと、ラップは匂いが着くからだ。適当なチーズならいいけど、ユズキの用意する代物は高級品だ。チーズ大好き国家フレンテの人間だけあって、親戚がいつも送ってきてくれている。オレもチーズは大好きなので、いつも美味しく頂いている。  ユズキのこだわりは、フレッシュ、白カビ、青カビ、ウォッシュ。その日によってハードかシェーブル、と五種類も食卓に揃えることだ。  昨日のフレッシュ・チーズは、フロマージュ・ブラン。その名の通り、白いチーズ。一言でいえば甘くないヨーグルト。クラッカーにつけて食べると、クリーミーで旨い。フレンテの人間は、これをいつも朝食に出すらしい。  白カビは王道、カマンベール・ドゥ・ノルマンディ。本物のカマンベールはノルマンディ地方のカマンベール村で作られるもので、フレンテではそれ以外で作られた白カビをカマンベールとは呼べない。法律で決まっているのだとか。オ・レ・クリュという無殺菌の乳を使っている為、熟成で味に変化が出る。やりすぎると、白カビなのに臭くなる。クラッカーにつけて食べると、クリーミーで旨い。  青カビは世界三大ブルーチーズ、ロックフォール。本物のロックフォールはピレネー地方のロックフォール・シュル・スールゾン村で作られるもので、フレンテではそれ以外で作られた青カビをロックフォールとは呼べない。ヒツジの乳を使っているので、普通の青カビよりもクリーミーかつスパイシー。クラッカーにつけて食べると、クリーミーでかつスパイシーで旨い。  ウォッシュ・チーズは、カマンベール・ドゥ・カルバドス。カマンベールの白カビを剥がし、パン粉付けてからリンゴのブランデーで洗ったもの。クラッカーにつけて食べると、クリーミーで臭い。臭さで酒が進む。  シェーブル・チーズはヤギの乳のチーズで、昨日のはプリニー・サン・ピエール。別名、エッフェル塔。ヤギ乳は臭いけど、これは食べやすい。ボロボロこぼれるので、クラッカーにつけては食べれない。  こんなにチーズの事を考えていたら、チーズが食べたくなってくるじゃないか。よし、朝食は優雅にチーズを使ったパスタにしよう。  さて、グラスを洗おう。こればっかりは、寝ぼけ仕事では難しい。なんせオレの右手にあるものは、ティファニーのオールド・ファッション・ド・グラス。左手にあるのは、ローゼンタールのタンブラー。ユズキは別に気にせず使っていたが、どちらも焼肉が十回くらい行ける程の値段である。  洗うのも慎重に行かないと。オレはスポンジを使わずに、素手に洗剤を泡立ててから、撫でるように洗っていく。  しかし、よく考えればローゼンタールって、ゲルマン国のグラスだよな。今考えるとそれにジンを入れて飲むって、センスの無い飲み方だ。ティファニーはリベリオンの会社だから、テキーラを入れたユズキは最もだ。テキーラの原産国ヒスパニオンは、リベリオンの隣だからな。  ジンはユニオンのスピリッツだし、ユニオンのグラスで飲むべきかもしれない。多分、それをユズキに言うと、きっとウエッジ・ウッドを用意してくるかもしれない。それはそれで困るな、オレは苦笑いでグラスをゆすいだ。  お湯が元気モリモリ沸騰してきたので、パスタを入れることにする。しかしこの手鍋、よくご覧になってみると底が浅い。縁から底まで二十センチ超しか無いので、普通の人はパスタなど入るわけが無いと感じるだろう。だが、オレはそんじょそこらのオトコとは違う。ひと纏めにしたパスタを軽くひねり、放射状にする。  両手で持ったまま鍋に入れ、熱で戻しながら押し込んでいく。半分まで入れてしまれば、もう手を放しても大丈夫。戻ってないパスタが放射状に広がり、丁度良くお湯に浸かっていく。これぞ山羽葉流奥義、スパイラル・パスタ・トルネードだ。高校時代、ヴェネツィアン・レストランでの二年のバイト経験で培った技だ。それに毎日ユズキのご飯を朝、昼、夜と作っていたので、大抵の料理は作ることが出来る。  アルデンテに茹で上がったパスタをフライパンに移し、茹で汁を入れて、スープストックを溶かす。ガリガリとパルミジャーノ・レジャーノを削り入れて、溶かした後に火を止めてから溶き卵を入れる。  これで完成である。  完成品を見て、気付いた。 「ベーコンが無かったぜぇい、スットコドッコイ!」
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