第三話 このオレ様をコケにするにも程がある。

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第三話 このオレ様をコケにするにも程がある。

「入学する前に適性検査を受けた筈だから、自分がどのタイプに向いているか分かるはずだけど……」  希ちゃんが短い髪を揺らして微笑んだ。たんぽぽのような笑顔は、こちらの顔を綻ばすには十分な威力を持っていた。彼女のような笑顔が戦場に幾つもあれば、きっと世界は平和になること請け合い無し。世界中の人間にああいった柔和な微笑みを持たせるには一体、何から始めればいいのだろうとオレは考えてみるのをやめた。  適正検査ってアレか。オレは入学前に受けた拷問を思い出した。 「六種類のスピリッツを体中に浴びせ続けるって、このオレ様をコケにするにも程がある」  このオレ様はソファーに持たれかかりながら、ゲームの悪役キャラの真似をしてみた。どっちも理解できないんだろう、ユズキも希ちゃんもキョトンとした顔をしていた。  LSSは装備している間、機体の構成上どうしても機内に微弱のアルコール交じりのガスが発生するため、酒に強くないと乗る事が出来ない。そのため、アルコール遺伝子を持たないとされている男性が乗ることは不可能と言われている。しかし、隔世遺伝なのか、極稀にアルコール遺伝子を持つオスも居る。その数は世界で百人も満たないとされていて、その中に入る変態種が何を隠そうこのオレ様とユズキだった。  「っていうか、アルコールに適正があったなんてな」  入学試験の時に動かした機体はウスケバーLSSだったので、ジンの適正があると言われてもピンと来ない。 「ええ、自分の体質に合うスピリッツなら、あまり酔わないのよ」 「成程、世界にはまだオレ様の知らない領域があるという事か」  ゲームのラスボスが最終奥義を出してきた主人公に吐いた台詞を述べながら、親切に説明をしてくれている希ちゃんに心の中で感謝する。オレは食い終わったチャバタサンドの皿をさっさと下げて欲しいと思ったが、ラスボスの魔王はそんな器の小さい男ではないので、魔王じゃないオレも気にしないことにした。  ここの大学の食堂は広く、レストラン並の広さがあり、テーブルにもソファーがついていた。この校舎はLSS学部専用で、全校生徒が百人ちょっとだけ。だから、大学にも関わらず担任が居て、クラスもある。専門学校のようなものだ。それだけの人数だけしかここを使わないのは勿体無いとは思うが、他の学部の奴もここに来たら、席を取るのも大変だったのだろう。  クラスメイトの質問攻撃が終わる頃には、既に時刻は十二時を回っていた。腹も空いたオレは、いつものようにユズキを昼食に誘った。他のクラスメイトたちもこぞって同伴を希望したが、「ユズキはそんなに付きまとわれたら困る」と、ユズキのせいにして逃げてきた。  でも、ユズキは久しぶりに会った幼馴染、「吉澤希」との再会を喜んでおり。彼女だけの同伴を希望したので、オレは頷いた。素朴そうな乙女の可愛いさには、勇者であろうと魔王であろうと、オケラだってアメンボだって勝つことが出来やしないのだ。 「希ちゃんは何だったの?」  ユズキがスパゲティをフォークに巻きながら、希ちゃんに問う。なんか表情は明るいし、心なしかいつもより声が弾んでいる気がする。いつもコイツは無意味にニコニコしてやがるが、今日はまた格段と嬉しそうな姿。ロボとガンとクルマにしか興味が無いと思っていたけど、やはりユズキとて人の子、幼馴染の再会は素直に嬉しいのだろう。オレもこんな可愛い幼馴染が居れば、良かったのにな。 「わたし? わたしはランバリオン」 「そうなんだ。意外」 「何で?」  その意外さは何処から来るものなのか、理解出来ないオレはユズキに問う。希ちゃんがラムっぽい理由も分からないけど、ぽくない理由も分からない。仮に彼女がサトウキビ畑で生まれた可憐な女の子ならば、ラムっぽさを持っていても差し支えないだろう。そうだとしたら、彼女の砂糖菓子のような繊細さも納得できる。 「希ちゃんはユニオンのクォーターなんだよ」 「おばあちゃんがユニオン人なの」  なるほど、言われてみれば希ちゃんの瞳は緑で、髪色は茶髪だ。フレンテのハーフのユズキは、金髪で碧眼。容姿が似通っているので純ジャパルト人ではないな、とは薄々感づいていたけどさ。ユニオンと砂糖菓子の関連性は分からないが、もしかしたら彼女の柔和な雰囲気はユニオンとは全く関係ないのかもしれない。 「でも、ユズキだってアガベだったじゃないか」  アガベタイプのLSSは、ヒスパニオン産の蒸留酒である「テキーラ」で動くコアを使用している。高校時代に植物園に行ったとき、ユズキはテキーラの原料であるリュウゼツランの香りが好きと言ってたのを覚えてる。だから、その辺は納得はいくが、半分フレンテ人なのに体質的にヒスパニオンだというのは面白い話である。 「そーゆー、直希だって、純ジャパルト人なのにジュネヴァじゃないかー」  余計なお世話だ。オレはきっと杜松に愛されているか、心の中に居る魔王がユニオンの生まれなんだ。 「きっと、お酒に国境なんて無いんだわ」  この希ちゃんの台詞は多分、オレの心に一生残るだろう。お酒というものは言わば、生命の水。他の人がどう思っているのか知らないけど、オレはなんとなくそう思う。命に国境などありはしないし、それを司るであろうスピリッツにそんな境界線は必要が無い。魔王は光に導かれし者を始末する役目はあるが、人種差別はしない。ここは魔王に倣って、オレも深く大きく頷いた。 「ねーねー」  女の子の声がしたので、顔をあげてみる。オレらのテーブルの前に五、六人ほどの女の子たちが現れた。防御をするか、アイテムを使うか、逃げるかを考えているとユズキが先に返事をしてしまう。 「なーに?」  何でコイツはいつも、どんな状況でも笑顔でいられるんだ。また質問攻めにされることを考えると、オレは苦笑いしか浮かんでこない。 「吉澤さんて、ユズキくんの知り合いー?」  一人の女の子がユズキに問いかける。この娘も確か、クラスメイトだったと思うけど。さくさんが居たという衝撃が大きくて、オレは殆ど他のクラスメイトの自己紹介を聞いていなかった。 「幼馴染だよ」  すると、オレに一つの疑問が生まれた。 「でもよ、ユズキって確か、中学までフレンテに居たんだよな?」 「いや、生まれはジャパルトだよ。それで、小学生あがるまでトーキョー地区に居た」 「あ、そっか」  そういえば、そんなことを昔、聞いたことがあるような。魔王のくせして、オレはその辺り忘れっぽいのかもしれない。 「じゃあ、幼稚園が一緒なの?」  クラスメイトが首を傾げる。ユズキは女顔で小柄なイケメンだから、この娘もユズキのことが気になるのだろうか。そんなことはどうでもいいか、オレはテーブルナプキンを一枚取り、鼻をかんだ。魔王でも鼻はかむ。 「ううん、一緒のピアノ教室」 「は?」  鼻をかんだナプキンを丸めながら、オレは素っ頓狂な声をあげた。 「お前、ピアノなんてやってたの?」 「お金持ちは色々と教養をつけさせられるものなんですー」  ユズキは得意そうに鼻を鳴らした。  千葉家はお金持ちだ。確かワインの先物取引で儲けたユズキの父が、フレンテにワイナリーを立ち上げたのが切っ掛けだと聞いたことがある。じゃあ何で、ユズキだけジャパルトに居るかというと。コイツはアホみたいにジャパルトが好きなのだ。普段着でフンドシを着用してしまうほど、ジャパルト愛に満ちている。だから、高校の時にジャパルトの全寮制高校を選んで、カワサキへと単身留学した。ちなみにこの大学を選んだのも、寮があったからだ。 「すごーい」 「ねーっ」  クラスメイト達が黄色い声をあげるのを見て、オレも真似してやろうかと思った。ユズキくんすごーい、ぱなーい。みんみー。魔王はそんなふざけた真似はしないので、よそう。 「ねね、今度聴かせてよ」 「ずるーい、あたしもー」  本当ユズキはモテるなぁ。聞けばこの学部、男子がさくさんを含めて三人しか居ないという。いや、さくさんは男子じゃないから、実質二人だ。二十代になると、男は男子じゃなく獣だ。それが経験値を重ねて、立派なオッサンとなる。そうなる前に修行を積めば、きっと魔王になれるに違いない。  それはともかくLSS学部は、四年まで入れて人数が百人いかない小さなギルドだ。その中でたった三人の一人。しかも、唯一のイケメンとくれば、女の子が寄り付かないわけがなかった。  でも、これで矛先がユズキへと行ってくれれば、そう考えたオレが甘かった。きっと、砂糖菓子のことなんて考えていたせいかもしれない。 「ねね、ユズキくんと衣玖くんはいつから友達なの?」 「……おう?」  話題がこちらへと向けられたので、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。この学校に来てから、オレは素っ頓狂な声をあげすぎな気がする。バイ疑惑が解かれたのはいいか、世界を司る魔王のオレ様が、こんな声ばかり出していては下々に示しがつかない。もっと魔王らしく、オレ様は余裕を持つべきだ。 「ユズキは高校が同じなんだ」 「どこ高だったの?」  オレは出来るだけ嫌味にならないよう、自分の出身校を告げた。 「ええっ、じゃあ、二人ともアタマいいんだ?」  確かにオレの通ってたところは、カナガワ地区内でもトップクラスに入るほどの高校だ。野球部は毎年、甲子園に出場しているし、サッカーの全国大会にも名前は昇る。 「いや、頭いいのはユズキだけ。オレは推薦で入っただけだから」 「何の推薦?」 「え? バトミントン」  中学のとき、オレは三年でバトミントン部に入った。そのとき、偶然にもチームが強くて、全国大会で優勝。その頃には素行も良くなっていたのもあって、見事、推薦を貰えたのだ。ただ、運が良かっただけの話。オレ自身には何も関係はない。 「すごーい」  今度はオレの方に黄色い声が上がった。ユズキがいやらしくこちらを見てニヤついているので、参ってしまう。満更でも無くはないが、過大評価されるのは困る。人類にとって一番の宿敵は、魔王でも何でもなく過大評価なのだ。 「いや、でも、高校のときにミントンはやめてるし、留年寸前だったんだから」 「それでも」 「ねー?」 「卒業したんでしょー?」  学校を卒業するのは当たり前だろう。どんどんハードルが下げて褒められるのは、世界を司る魔王のこのオレ様からすれば、困る以外の何物でもない。勇者、助けてくれと魔王のオレ様は思った。
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