新月

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常連の多い店内のあちこちから、大丈夫かと声を掛けられて、ペコリと小さく会釈すると店の奥のロッカーへと引き上げた。 店の裏口から路地に出て、夜の冷え込みにコートの襟を立てる。 低体温に加えこの外気温に、ますます危機感が募る。 少しでも早く家に帰ろうと、普段なら敬遠するガード下の道を急いだ。 薄暗い街灯が点在しているが、人気のない近道は……ヴァンパイアが人を襲うのに適した場所だとぼんやり思った。 「八雲君」 名前を呼ばれて振り返ると、ガサリと生け垣から姿を現したのは、常連の……誰って言ったか……だった。 そこそこ良い大学を出ているエリートで、いつも高価そうなスーツを着ていた。 メタルフレームの眼鏡が、いかにもインテリっぽい。 「追い付けてよかった」 にこやかな笑顔だったが、目の奥が笑っていない。 追いつけた……って、先回りして潜んでいた……の間違いじゃないか。
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