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「うふふ、褒め言葉ですよ。ねぇ、ヘーゼル」
「そうですよね、マリアさん!」
「いや、褒め言葉かな?……?」
キャッキャと盛り上がる女性陣に力なく合わせつつ、日没までには戻ると彼は伝えた。
「やっぱり、お出掛けするのね!」
そうと決まればとガブリエラは口の中にサンドイッチを詰め込み、急いで自室に戻った。そこから繋がる衣装部屋の煌びやかなドレスの群の奥に手を突っ込み、一着引っ張り出す。それは、市民の少年の服装だった。大急ぎで着替え、深々と被った帽子に長い髪を収めれば、たちまち小柄な少年に早変わりしてしまった。
「うん、完璧ね!」
鏡を前に化粧を落とし、ガブリエラはそっと部屋を出る。メイドたちに見つからないよう裏口に回れば、丁度シシクが外に出て行くところだった。彼女も一つ間を置いて、ドアノブに手をかけたのだった。
ガブリエラは引き続き、シシクを観察する。途中、路地裏に入ったかと思えば野良猫に囲まれ、小さく歌を口遊み始めた。それはグリーンスリーヴスの一曲で、クリスマスによく歌われるものだ。
「皆の前でも披露すれば良いのに。恥ずかしがりやさんったら、こんなところで練習してたのね」
正確には目立つのを嫌う性で、ガブリエラが頼み込んでも滅多に歌わない。猫相手なら平気なのか、と嫉妬を覚えながらも綺麗な歌声に聴き入っていると、シシクはいつの間にか路地裏から出て行った。
慌てて追いかけると、店先で商品を眺め出す彼の姿があった。ついてきた猫たちに「どれが良いかな?」と相談まで持ちかけている。そこは、昼食時に彼がメイドたちと話題にしていた雑貨屋だ。外装は煉瓦の積み上がったシックなものだが、店内はピンクや赤等の暖色に彩られている。使用人たちが話していた通り、ドアチャイムを鳴らす客のほとんどは華美な衣装を纏い、付き人を連れ立った女性ばかりだ。シシクは暫し悩んでいたようだったが、扉の前に立つこともなく去って行く。
ある程度離れたことを確認すると、ガブリエラは駆け足で店先に向かい、覗き込んだ。ショーウィンドウには化粧道具にアクセサリー、調度品が並んでおり、隅には小さなテディベアがちょこんと座っている。
「意外だわ。こういうものも好みなのかしら?」
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