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「あの……」
お客さんに声をかけられて、陽太は品出ししていた手を止めた。
「いらっしゃいませ」
そう言いながら振り返る。
鷹城のおかげで念願の大学への合格を果たし、親元を離れた陽太は、今住んでいるところに程近いこのドラッグストアでアルバイトを始めた。
鷹城は、生活費から何から何まで出してくれそうな勢いだったが、さすがにそれは受けかねる申し出だったし、そうでなくても鷹城の借りたマンションに一緒に住むことになって、家賃が浮いているのだ。
それ以上甘えるわけにはいかない。
ちなみに、親には大学で募っていたルームシェアに申し込んだから、と嘘をついて、格安の架空家賃を生活費と一緒に振り込むようにして貰っている。
本来はいらない家賃を振り込んで貰っているのはとても後ろめたいので、バイトして生活費ぐらいは賄うから、と生活費のほうをだいぶ少なめにしてあったりして。
それ以上、親を騙すのは忍びないから、嘘ではなく本当にバイトしたいという心情もあった。
「だってほら、鷹城さんの曲が売れなくなったら、俺が養う約束ですから」
だから陽太はそう言って、一緒にいる時間が少なくなる、と拗ねる鷹城を宥めてバイトを始めたのだった。
で、そのアルバイト中である。
振り返った陽太の前には、マスクをした中肉中背の男が一人、ややオドオドとした挙動不審な感じで立っていた。
男は、マスク越しだからか、くぐもった声でゴニョゴニョと何かを呟いた。
陽太には聞き取れず、少し困惑する。
「えっと…すみません、もう一度いいですか?」
「だから、その、ここはゴム、置いてますか?」
あ、と陽太は納得した。
そーゆー内容なら、そのゴニョゴニョ具合もわからなくもない。
でも、それなら、わざわざ店員に聞かなくても、店内をグルグル回って自分で探せばいいのに、となんとなく不審には思う。
そんなに広い店舗でもない。
少なくとも陽太ならそうすると思う。
彼は自分でそれを買ったことがないので、想定でしかないけれども。
「置いてますよ、こちらです」
コンドームが並べてある棚に案内する。
後ろからついてくるその男が、やたらに荒い息を吐いているのがなんとなく気になるけれども、相手はお客様だ。
とにかく、早く目的の物のところに案内してお役後免とさせて貰おう。
そこまで行って手で棚を示し、陽太は軽くお辞儀をしてその場を去ろうとした。
しかし。
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