マティーニ

4/9
前へ
/9ページ
次へ
 私と菊村とは、六年程を釣りと酒に明け暮れて過ごしたが、私が離婚したことをきっかけに、連れ立って歩くことが無くなってしまった。  とはいえ、この頃になると、若い釣り師たちが数人、菊村を慕って集まり、菊村はその中で、餓鬼大将の如く振る舞い始めていたので、それはそれでいいとも思っていた。  たぶん、心の中が少しずつ埋まってきたのだろう、菊村の顔が柔らかくなってきたことを覚えている。  春は支笏湖や尻別川で虹鱒を追い、夏はイカ釣り舟に乗り、秋は鮭を求め、冬には厳冬の日本海、島牧海岸で雨鱒と、そして海と戦う。  時には稚内まで赴き、幻と呼ばれるイトウを探し、それでも駄目ならロシアのアムール川に飛び、更に大物を求めて、ブラジルやオーストラリアへも行く。  菊村の釣りは、常に自然との戦いであり、それはそのまま、菊村自身との戦いでもあったのかもしれない。  久しぶりに菊村と並んで竿を振ったのは、私が妻と別れ、一人やもめになって三年ほどしてからだった。  白波逆巻く真冬の日本海が眼前に広がり、それは、何者の存在をも拒んでいるかのように見えた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加