マティーニ

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 「どうするね・・・、感触、ありそうかい・・・」  あの菊村にしてが判断を鈍らせる程の悪条件だった。  私は無言のまま、菊村の持参してきたポットからお茶を注いで飲み、引き換えにポケットからタンカレーのジンを詰めてきたスキットルを菊村に手渡した。菊村の目の縁に深い皺が数本浮かんだ。  それが合図だった。  菊村は大きく深呼吸をすると、波打ち際まで大股で駆けて行き、波の背の見えない海に向かってルアーを振り込んだ。  魚信を感じたのは、一時間程も経過した頃だった。  ふと、菊村に目を向けると、菊村にも魚信があるらしく、頭から波を被りながら弓型に反った竿を必死に立てていた。  私の竿もかなり絞り込まれてはいたが、まだ僅かに余裕があったので、菊村のラインと絡まないようにと、菊村から遠ざかった。  一層激しくなる吹雪の中での戦いは、僅かに十五分ほどのものだったが、その天候や、波の激しさも手伝って、一時間にも、二時間にも感じられた。  凍える指先に感覚はなく、両腕は鉛のように重く、足腰が痺れ、膝が笑っていたが、それでも、菊村と私は満足していた。
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