競り

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競り

      港に着き、その賑やかさに目を奪われた。故郷とは全く違う様相に、知らないところに来てしまったのだとルクスは心から打ちのめされてしまった。  穏やかな緑の大地、果物がたわわと成る樹木。鳥の鳴き声。民のかけてくる声。 (もう…本当に何も無い、ノクス以外には)  耳が惑わされ、ノクスはうろたえていた。一つの音で定まらない。方向感覚が狂う。ルクスの手を探す。手を握ってきたルクスに縋りついた。 「大丈夫だよ」 「怖い…ルクス、怖い…聞こえるのに聞こえない、怖い」 「それって……音が多過ぎるということ?」 兄の言おうとしていることが分かるようになっている。ずっと二人だったから。 「うん、音が多過ぎるんだ……」 静かな地下で暮らしてきたノクスには、反響もせずにただ賑やかな場所は恐ろしい世界なのだ。  鎖を外されること無く、後ろから小舟を漕いできた男に肩を小突かれた。 「何をする、商品に疵をつけるな!」 船長は声を荒げながらも上機嫌に見える。 「ここから競り市までは馬車で行く。2時間ほどかかるが何か欲しかったら言え。たった2時間だがなるべく望みは叶えてやる。今日はがっぽりと儲けられそうだ」 吐き気がすると思った、その品のない言い方に。 「るくす」 「離れないから。ずっと僕が抱いているよ」  水を与えられ、食事をさせられた。果物まで与えられる。 「もしかしたらまともに食える最後の食事かもしれんぞ。よく味わっておけ」 船長の言葉が突き刺さる。 「食べたくないよ、ルクス」 「だめ、食べないと。本当にちゃんと食べられる最後かもしれない」 食べさせて飲ませて、果物を口に運んでやった。 「これ、なに?」 「僕も知らないんだ。色は黄色だよ。甘いね!」 「それはパイナッポーだ。あまり食べ過ぎると口が痛くなる」 「パイナッポー……」 甘い汁が滴って美味しい。オレンジを食べた時のようにルクスがノクスの手を流れる汁を舐める。  ほんの僅かな時間の、僅かな幸せ………    
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