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心の変化
こんな時には時間は飛ぶように過ぎる。夕方に近づくほど、ルクスに抱きつくノクスの手に力が込められていく。何も言わなくてもその心が伝わる。ルクスもノクスを強く抱きしめた。
「ノクス、必ずまた会えるよ」
その言葉を何度も繰り返した。
「ルク、ス……きみが、見たい……きみが」
初めての言葉……あまりにも辛く悲しい言葉。その涙を吸い取る。
「ノクス。ほら、顔を触って。僕の形を忘れないで」
ルクスの顔を細い指が何度もなぞる。
「わす、れないよ、ぼくは、わすれ、ない……」
「無理して喋らなくていいから。大丈夫だ、たくさん指名を取る。君は心配しなくていい。……兄さま。僕には兄さましかいないんだから」
「ぼく、にもルクス、だけ」
自然と唇が合わさった。確かに触れ合うのは、相手の温もりを味わえるのはキスだけだ。そのまま二人でころんと横になり、ただ相手の唇だけを啄んだ。
「迎えに来たぞ、マレ」
まるで弟を庇うように、ルクスの前にノクスが起き上がった。後ろ手にルクスの体を抱く。
「おねが、い、あと、いちにち」
「だめだ。モルスさまは夕方までと仰っただろう? お前たちを一緒にしてやったのは特別なんだ。これ以上の我がままを言うんじゃない」
「だめ、あと、いち」
「それじゃ客は取れんな、マレ」
行くしか無かった。そうだ、今日は客を取っていない。
「のく……ルベル、僕は行かないと。君はゆっくり休んで。ちゃんとケガを治すんだ、いいね? 愛し……てるよ、愛してる」
ノクスの頬に、肩に、手の甲に唇をつける。溢れる涙を吸い取って瞼に口づける。
「また会える。約束だよ、また会えるから。上に上がろう、必ず」
「るく、す……」
呼んだ名前を大男は罰しなかった。聞かない振りをした。
(何も聞こえなかった。どうせもういつ会えるかも分からないんだ)
好意を示すことはできない。それは奴隷のためにはならない。諦めが無くてな奴隷は生きてはいけない。
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