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それはまるで、誰かの手首を飾っているパワーストーンを填めたような、正直、黒以外は映画やTVの向こう側にしか馴染みのない私にとって、本物の人の眼とは思えない程に鮮やかな色。
プラネタリウムで見上げた天の川の近く、白んで見える星空の一部を映したかような、そんな明るい綺麗な、藍の色だ。
『…本物…だよね?』
言い聞かせるように呟きながらも、その美しい両目の中には、確かに私のシルエットがあって、
『コン、タクト…?』
くるくると回る思考の中から口を突いて出たのはそんな言葉。
違う、伝えなくちゃいけないのはもっと別の言葉だと、判っているのに、考えが感情に追い付いていない。
『黒の方がな』
そう言って咲夜が見せてくれた指先には、はっきりと存在が分かる重なった黒のドーナツが張り付いていた。
これが、水晶のようだと魅入られていた黒の眼差しの正体。
『…どうして?』
まるで隠すように、黒で覆っていた理由を問えば、
『…まだ秘密』
少し目を伏せた咲夜のその藍色は、今にも星を零しそうな程に揺らめいている。
その仕草が、まるで迷子になった事を強がって隠す子供のように思えた私は、既に溶けて消えていた驚きや戸惑いの後に残った感想だけを声にして紡いだ。
『凄く、綺麗…だと思う』
そんな私に、咲夜がハッとした表情で視線を向けてくる。
『咲夜…』
あ、…でも、ごめんなさい。
ちょっとだけ大変、かも。
『何て言うか、煌びやか過ぎて、慣れない、感じはする…けど…』
この端正な顔にプラスされた、まるでおとぎ話のようなその眼差しの色は、現実にはあまりにも素敵過ぎて、見つめられた私の鼓動は無性に暴れてしまう。
ときめきを超えた恥ずかしさみたいなものが全身を駆け巡って、きっと赤くなっているだろう自分の顔を隠してしまいたくなる、けれど――――――、
"見た目が変わっても、オレはオレ"
『咲夜、だから、…大丈夫、私は』
宝石のような瞳を持つ外国の人に、普通はそんな太鼓判を押す事はないけれど、敢えて秘密を晒す前にそれを告げた事には意味があった筈だ。
『黒じゃなくても、咲夜は咲夜だって、ちゃんとわかってる』
きっと咲夜には必要な言葉のような気がして、刻むように答えを告げた。
『咲夜――――――』
再び、体を引き寄せられて抱き締められた。
私の形を確かめるように動く咲夜の両手が、とても心地よくて幸せになる。
鼓動が一つになっていく感覚。
触れ合った部分から、体温が溶けていく感触――――――。
それをしばらく堪能していると、耳に息がかかる距離で咲夜が呟く。
『今は、見せられないけど、もう一つ』
『もう一つ…?』
『髪も、本当は、黒じゃない』
黒、じゃない…。
髪の毛も…?
『…えっと…、それも、藍色、とか?』
馬鹿な返しをしたな、とは思ったけれど、咲夜のマンションにケイさんとジュリさんがやってきた事に始まり、元カレがやってきて、そこから咲夜との全く想像もしなかった関係性を知り、
藍色、の髪――――――。
韓流のアイドルとかならいそうだけど…。
なんて考えてしまった私の頭の中は、四方八方から色んな情報が一気に入り込んできた事により、混乱を極めていた事は確かだった。
――――――
――――
「――――――私が聞き知ってるサクヤ・ロランディって、一番何が有名だったかって」
逸美の声が、咲夜とのやり取りに浸っていた私の意識を現実へと呼び戻す。
「王子様って誰もが認めてしまう、その見た目だったらしいのよ」
「誰もが認める王子様ぁ…?」
未希子が、小さく首を傾げた。
「うう~ん?」
「何か不満ですかぁ? 金井先輩?」
「う~ん、まあ、確かにあの美形度は買うけど、さぁ。――――――室瀬さんのあの容姿を、誰もが認めてしまう王子様って評するのは、ちょっと言い過ぎなんじゃないかな~って。だって、誰もが認める白馬の王子様的な王子様って普通、金髪碧眼とか、ほら、風が揺らす髪からキラキラトーンが点描で書かれるくらい見た目あかるーい、爽やか~って感じの線が細そうで綺麗な人で、ゲームとかでも攻略対象ならセンターに立ってる感じの人。その点、室瀬さんはどっちかって言うと隣国の殿下! みたいな、王子の忠実な騎士様! みたいな、左から二番目とか、一番右端とか、そんな役割の感じの美形じゃない? もちろん、初めて食堂で見た時の、眼鏡からの変化が一番のごちそうで、私はお腹いっぱいだったんだけど」
「金井先輩ってぇ、世界観判り易くて素敵ですねぇ」
「…あんた、実は同調出来るタイプのクセに他人の振りするのはやめなさいよね」
「ええぇ? よくわかんないですぅ」
「まあまあ。その室瀬さんはわかんないけど、――――――そ。ずばりそこなのよね。黒じゃない。断じて黒じゃないのよ」
そう言った逸美は、改めて私を見る。
「いい? サクヤ・ロランディの目はまず青。光の反射具合でそう見えるってレベルじゃなくて、間違いなく青!」
…確かに、綺麗な青でした。
あの後、色から想像したパワーストーンの名前が知りたくて検索したら、その石の名はカイヤナイト。
海の青でもない、宇宙の紺でもない、とにかく単純な表現にあてはまらない色、とても明るくて美しい藍の青。
「そして髪の色が――――――」
ふと、逸美の目が、私を超えて何かを捉えた。
「そうそう、ほら、ちょうどあの人と同じ感じよ」
――――――え?
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