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カイヤナイトの青が、何故か研ぎ澄まされたような温度で藤代さんへと注がれている。
けれど、その端正な顔に浮かべているのはとてもとても愛想のいい笑顔で、
「藤代、さん…だったか?」
「…そう、ですけど?」
それなのに、それを受けた藤代さんの上身は、強気な言葉とは相反して、一秒毎に仰け反っているように私の目には映りこんでくる。
「――――――咲夜」
え?
どうしてこのタイミングで私?
戸惑って声を出せずにただ茫然としていると、
「これから少し手伝って欲しい事があるんだ」
「…え?」
思わず首を傾げてしまった私の頬に、咲夜が嬉しそうに青の目を細めながら触れてくる。
「えっと…これから?」
「ああ」
「…すぐ?」
「出来れば」
「…それは、私に出来る事なら手伝うのは構わないんだけど…」
何だか蚊帳の外のようになってしまっている逸美や未希子の事が気になって、思わずチラリと視線を流す。
すると、そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、オレンジがかった金髪がサラリと揺れる程に、咲夜が二人へと会釈を向けた。
「こんにちは」
スッと表情を抑えこんだ雰囲気は、見た目を前髪で隠していた時の室瀬咲夜のものだ。
声音も、心なしか硬い気がする。
「金井さんは初めてではないですよね?」
「はい。前に食堂でお会いしてますね。改めてよろしくお願いします」
社会人らしく、きちんとそう返した未希子だけど、
「こちらこそ」
咲夜がそう応えるまでには、
うわ、凄いわ…これぞ眼福。チカチカする…。これがセンターの力ね――――――なんて、心の声が表情に駄々洩れでの状態で。
「で、こちらが――――――」
言いながら、咲夜が逸美の方へと視線を向けたのを見て、
「あ、彼女は私の高校の時からの親友で――――――」
紹介しようと慌てて口を開きかけた私を遮ったのは、当の本人だった。
「初めまして、向坂と申します」
一瞬だけ、咲夜の動きが止まったと感じたのは気のせいではないと思う。
「…はじめまして。室瀬です。いつも咲夜が、」
「いつも咲夜がお世話になってます!」
…え?
「い、逸美…?」
急に声を大きく張り上げた逸美に、私は驚きで目を瞬いてしまった。
けれど、そんな私には目もくれずに、逸美は徐に語り出す。
「この子ったら、昔からしっかりしてるように見えて結構お人よしだし、押しが強い人の意見には割と流されやすいところもあったりするんですよね」
「ちょ、逸美?」
「だから――――――今の状況もとても心配だわ」
右手を頬にあてながら眉根を寄せるという仕草を見せた逸美に、咲夜も小さく首を傾げる。
「…と言うと?」
二人共どうしちゃったの…?
混乱した私の思考で、明確に浮かんだのはその疑問だけ。
「なんていうか、貴方にご迷惑をおかけする結果にならないといいんですけど…」
え――――――?
ちょっと、逸美、何を言って――――――、
"もしかしたら今は好きだと思い込んでいるだけで、後で我に返って錯覚だったなんて、そんな悲しい未来にならないといいですねぇ"
「――――――大丈夫ですよ。目を離さずに大切にしますから」
"どんな手を使っても逃がしませんからお気遣いなくぅ"
え、ええと…?
「ああでもほら私、咲夜とは長い付き合いだから、私の方が上手く助言出来る事もあるかもしれませんし、その時はぜひ頼ってくださいね、室瀬さん」
"あなたなんかより咲夜の事を知っているのは私なの。彼氏だからって偉そうにしてんじゃないわよぉ"
…、
「…確か向坂さんは年の半分は海外にいらっしゃるとか? なるほど、心配は尤もですね。わかりました。咲夜に何かがあれば、向坂さんにはきちんとオレからお知らせするようにしますよ」
"これまでの時間の蓄積なんか、これから直ぐに追い抜いてやるぜぇ"
「――――――藤代さん、変な意訳を囁くのはやめて」
「ええ? 西脇さんを挟んでの、間違いなく両者の心の声ですよぉ?」
「藤代さん」
「…はぁい」
会社にいる時と同じ先輩風で軽く窘めて見れば、口を尖らせる様子の藤代さんはとてつもなく可愛い。
そんな彼女にあるのは、こうすると可愛いと目に映るだろうという"あざとさ"ではなく、当の本人が素のままで"こう"なのだと理解した。
プライベートな付き合いがこれから増えていけば、きっとまた別の思いがけない一面も見られるのかもしれない。
藤代さんを誘ってもいいかと提案してきた未希子の言う通り、そんな彼女との付き合いがこれからとても楽しみな気がしてくる。
「ま、そう言う事で、私がいない間の咲夜は仕方ないけれど貴方に任せる事にするわ。どうぞよろしく」
「こちらこそ」
私が藤代さんと話している間に、逸美と咲夜はしっかりとした握手を交わすところに進んでいた。
「咲夜…?」
綺麗な金髪の輝く横顔を見つめながら名前を呼べば、青い眼が私を捉えて、再び右手が私の背中に添えられる。
そして反対の手の指が、私の横髪を耳にかけてくれた。
「――――――で、さっきの話だけど」
「え?」
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