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自然な動きで私の肩を抱き寄せた存在を見上げると、左側の前髪からサイドまできっちりと後ろに流し固めた黒髪の、とても端正で、綺麗な顔立ちをした男の人が立っていて、
「…どうした?」
心配そうに私を覗き込んでくる彼の出で立ちは、夕暮れよりも鮮やかで、やってくる夜にきっと映えるだろう赤のジャケット。
コントラストになっているのは、中の黒シャツと、セットせずに垂らしている右側の黒髪の艶。
目にかかるくらいの前髪の先に導かれて、その睫毛の長さを見せつけられた。
「ケイ、さん?」
私が口にすると、彼、ケイさんは僅かに目を見開いた後、薄い唇の端を上げる。
「悪いな。今日はケイじゃなくて、サクがいい」
「え?」
「サクだ」
上がり眉の直ぐ下から、とても色香のある眼差しが真っすぐに私を見つめてくる。
「えっと…」
「呼べよ、サヤ」
戸惑って押し黙った私の唇を、彼の曲げた人差し指が下から押して促してきた。
「呼べって」
「…サク、さん」
そう呼んだ私の肩を、ケイ――――――もとい、サクさんは更に強く抱き寄せた。
「良い子だ。行こうか。予約してあるんだろ? ホテル」
少し屈んで顔を近づけてくるサクさんの声音が、言葉を刻むたびに私の耳殻に形無く触れてくる。
鳥肌が立つようなその刺激に、頭の中が、求めていた欲を鮮明に思い出していた。
「――――――はい」
応えた私に、サクさんは満足そうに目を細める。
もう、引き返せない。
私は、熱くなった息を飲み込んで、サクさんのジャケットの裾を小さく、指先で掴んだ。
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