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「――――――西脇さんって、結構顔に出るタイプだったんですね」
「え?」
「隠したいならもっと気を付けた方が良いと思います」
「藤代さん…」
「多分ですけど、資さんも気が付いたかも知れません。西脇さんが誰かを意識して同席を拒否したって」
「…あの」
言いかけて、私はハッとした。
「宮池さん、私の名前…」
あまりにも自然に呼ばれて気づかなかった。
初対面の筈なのに、どうして名前を知っているのか。
まさか室瀬さんが――――――?
変な方向に想像が働こうとした私を、藤代さんの声が止める。
「別に大丈夫ですよ。あの人、うちの会社の女子の名前は全部把握してるって噂ですからぁ」
「…そうなの?」
「噂ですけど」
「…」
お箸で、一口大にカットしたカツを可愛らしい口の中に放り込んでいく藤代さんに、また新たな発見をする。
「…私、藤代さんは、気になる人に会うって知ってたら、パスタにしておけば良かったって、全身で悔しがるタイプの人かと思ってた」
気が付けば口を突いて出てしまっていたそのセリフは、どんな風に藤代さんに届くのだろう。
いつもの私なら、決して思っていても音にはしない言葉。
ふと、藤代さんの目がテーブルに落ちる。
「…会社での顔は、所詮は余所行き顔ですよ。人によって、どう見せたいか、その価値観は違うと思いますけど」
「藤代さん…」
言いかけて、けれど何を言えばいいのか分からなくなる。
誰だって、自分しか知らない顔を持っていて、
誰だって、見せる顔はきっと自分でルールを作って持っている。
私が、会社では眼鏡をして顔を晒さないようにと俯いているように。
お洒落をして、面倒な誰かの目に留まってしまわないように。
「そうだね。私も、よくこうした方がいいのにって言われてる自分と、今の自分の違いは、きっと明確じゃない」
見た目が違うだけで、根本的な私の中身の何が変わるというのだろう。
でも、お洒落は自分がいる時だけにして欲しいと、元カレのその欲求は解りやすく、そして私の中身を相手にしているからこその願いなのだと信じていた。
だから、彼が結婚相手に選んだ女性が、その手のタイプだった事にもとてもショックを受けたんだ。
「知ってしまえば、ここにいる藤代さんだって、あまり変わらないように思えるもの」
「西脇さん…」
ミスコンの後、私はあの手この手と騙されながら、何度もそのタイプの女の子達が主催する合コンの餌にされた。
西脇さんがそれを使っているならそれにしよう。
西脇さんがそれを食べるのなら私もそれにしよう。
今日のマニキュアの色は何?
服の色は?
髪型は?
私の真似をしたら彼氏が出来たと、戸惑う私にそう嬉しそうに報告してくれた彼女達の幸せは束の間。
しばらくすれば、私のせいで彼氏と別れたと理解出来ない主張を何度もされて、挙句には私が浮気相手。
人の彼氏を寝取る女だと大学の掲示板にイニシャルで投稿された。
二カ月が経つ頃には、巻き込まれた彼女達の元彼達や、私を信じ続けてくれた数少ない友人達の協力を得て、理不尽に騒いでいた彼女達には大学側が警告を発して収まったけれど、今でも、それを信じている人はいる筈だ。
だからこそ、私は更に向けられる視線に敏感になり、自分の弱い部分に何度も負けそうになっていた。
「――――――あたし、西脇さんには、室瀬さんはあまりお薦めしたくないですねぇ」
「え?」
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