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「お疲れ様でーす」
「お先に失礼しまーす」
時計が5時を示して三分も経てば、早番のコールテーカー達が退社へと列を成す時間になる。
「西脇さん」
その人の流れを割って奥から颯爽と現れたのは、シックな黒のパンツスーツ姿の越智さんで、
「来月の報告会議はあなたもここからWebで参加してね。アカウントは申請済み。会議までには届く筈だから」
「私、がですか?」
驚きと戸惑いで言葉が切れてしまった私を気にする様子もなく、席に戻って椅子に座った越智さんも、流石に週末の気怠さを醸し出していたけれど、それすらもキャリアウーマンっぽく目に映って素敵だ。
「主任って肩書がついたからには、あなたもこの部署の利益を算出する側に回ってもらうわ」
ただ会議を聞けという事ではなく、一般から一つ抜きんでた職位となる業務主任は、それなりの責任を負うのだという教えも兼ねるという事。
ちなみに、この部署では初めて抱える役職で――――――もしかしたらその役割の必要性を模索しているのかも知れないと考え至る。
だとしたら、私が残す実績が、下に続く後輩達の岐路を増やせるかどうか、そこに結びついてくる話になる。
「――――――はい、解りました」
辞令を受け取った時よりも真剣な考えで覚悟を決めて、私は既にこちらを見ていない越智さんに頷いて見せた。
ふと、気配を感じて視線を上げると、越智さんの向こう側から藤代さんが私を見つめていて、
「お疲れさまでした」
反射的にそう言った私に、彼女は特に表情の無かった自分の顔を、明らかに作って笑わせる。
「お疲れ様でぇす。お先に失礼しまぁす」
その小首を傾げた可愛らしい仕草と、何かを含むような唇の端の上がり方が、今なら判る。
なんてミスマッチなのだろうと。
「…」
藤代さんが部屋を出て、再び電子錠がロックされた音を聞きながら、眼鏡のずれを、指先で押さえて調整した。
たった一度、二人だけで話をしただけなのに、藤代さんをとても近く感じている自分に、ほんの少し戸惑っていた。
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