SECRET 03

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 "サヤちゃん、お願い! ヘッドセット1個、9の6に持ってきて~"  「あ」  突然現れたチャットボックスに、確定前だった文字が所在を失って画面の端に浮いている。  返信漏れがないようにわざと設定を解除していないけれど、こういう時だけはアクティブに前面に来るのを迷惑だと思ってしまうから、使う側は自由に我が儘だなと思わず自嘲が走ってしまった。  入力途中だったアプリに浮いていた文字を確定して、それからチャットに戻り、スーパーバイザーの一人、羽柴さんに"了解しました"と返信を入れる。  そして顔を上げたところで、ちょうど目があった皆藤さんへと口を開いた。  「羽柴さんに九階までヘッドセット届けるので、少し離席しますね」  「なんだ、俺が言う前にチャットがいったのか。本当にせっかちだな、あいつは」  困ったように眉根を下げる皆藤さんに、それを指示しようとしていたから目が合ったのかと理解した。  つまり、そこに至るまでの経緯を把握しているという事だ。  「何かあったんですか?」  「ああ、十五時から会議室でWeb会議する予定なんだが、打ち合わせで動作確認とろうとしたら音が出ないってんでシステムサポートの奴呼んでやったんだ。そしたら、ヘッドセットの故障だと」  「そうなんですね」  すると、私達の会話が始まった頃に丁度電子ドアを開けて入ってきていた入社二年目の藤代さんが、ブースに行きかけた足を止めてこちらへと目を輝かせながら近づいて来た。  「システムサポートチームですか!? もしかしてタクミさんだったりしますかぁ? いいなぁ、西脇さん、あたしも行きたいですぅ、連れてってくださいぃ」  「えっと…」  タクミさん…?  猫撫で声になった理由が分からずに首を傾げている内に、皆藤さんが一つ息を吐いてから言った。  「サポートしてるのは室瀬だよ。行くか?」  「あ、そうなんですねぇ、あ、待ち呼さんが点いてます。急いで電話とらなくちゃ! それじゃあ、戻りまぁーす」  …え?  話の展開についていけないまま、茫然と藤代さんを見送った私に、「やれやれ」と皆藤さんの溜息が聞こえた。  「女ってのはほんとに、わかり易いイケメンが好きだよな」  「え?」  わかりやすいイケメン?  「っと。これはセクハラか?」  特に危機感もない表情で言われても、私は苦笑するしかない。  「いいえ。――――――多分ですけど」  「そりゃ良かった。六番のキャビネから持ってって」  「はい」  席を立ち、金庫から鍵を取ってキャビネを開け、箱の一つを取り出した。  箱に記載されているNoをPC前に戻る間に確認し、管理システムを開いて持ち出し欄に追記入力する。  システムトレイにある時計が示しているのは14:42。  会議が十五時からなら、結構ギリギリだ。  「行ってきます」  「おう」  私は、ヘッドセットの箱を抱えて、急ぎ足で九階を目指し始めた。
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