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SECRET 05
『また週末に、オレを買ってよ、西脇咲夜さん』
眼鏡をずらし、前髪をかきあげた事により露になったその額の下で、魅惑たっぷりの眼差しが挑発的に私を見つめていた。
エレベーターという箱の内と外、距離は1メートル以上も離れていたのに、その言葉の合間に紡がれる吐息が聞こえている気がしたのは、私の中にあの夜の事が鮮明に残っているからだ。
"まだだ、イケよ、ほら"
お互いの睫毛が触れ合う位置で、その目線は、私の思考ごと頭をベッドに固定して縫い付けて、
"待って、ぃや、ぁ、ああッ"
どうしてこんなに動く事が出来るのか。
指を絡めて、全身で私の自由を奪ったサクさんの腰の動きはまるで限界を知らない機械のよう。
"ココ? それともココか、な!"
"ああああぁッ"
その振動のような動きから、時々奥を抉るような衝撃は、私の息を止めそうな程の強い痙攣を体に齎して、
"ココ好きか?"
"ああ、もうやめて、もう動かないで"
"好きだろ、好きって言え"
"やぁあああぁぁッ"
"言うまで終わらねぇぞ、ずっとこのままか? あ?"
"あああ、好きぃ、好きだから"
"サヤッ"
"好き、すき、ッ、いくぅ、…ぁッ…っ"
それは、私が知らなかったセックス。
そして、知らないから出来なかったセックス。
時折名前を呼び、耳元で好きだと囁かれる事以外はほとんどが無言のセックスは、元彼と付き合っている時は嫌いじゃなかったのに、それが私と彼女の違いだったのだろうと学習した今となっては、そういう事だったのかと納得出来る。
『彼、あたしと初めてシタ時、ボーゼンとしてたの。凄い、こんなの初めてだって』
綺麗に巻いた髪が、首を傾げた弾みで左右に揺れて、とても可愛い人だった。
『あ、もしかして悪い事言っちゃった? ごめんなさい、そういう意味じゃなかったんだけど…』
眉尻を下げて、困った様子で声のトーンを下げながらも、口元は楽しそうに上がる彼女達のようなタイプは大学でもなかなか彼氏が切れる事は無い。
男の人はやっぱり、昔の文学小説で現わされるような、"昼は淑女で夜は娼婦"、そんな女が理想なのだろう。
『週末に、オレを買ってよ』
週末。
今日は金曜で、そして時計はもうすぐ夕方の5時を指す。
あの夜に辿り着くまでの間にメールのやり取りをしていたスマホは解約したし、コンタクトがあるのなら、会社のチャットを利用する以外は方法が無いと思っていたけれど、
「…まさか、ね」
電子錠のドアの向こうが、無性に気になってしまった終業前の時間。
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