四章 嘘憑き
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四章 嘘憑き

1  夏。外は、うだるような暑さとなっている中、俺は冷房が程よく効いたバイト先の休憩室で、こそこそ電話をかけていた。 「……うん、ごめんな、ばーちゃん。バイトが忙しくて帰れそうにない……。実は今も、まだバイト中なんだ。あ、休憩時間だから平気だけど、でもそろそろ……。うん、うん、大丈夫……元気でやってるから。……ん、それじゃあ」  区切りの良いところで別れの挨拶をして、俺はスマホから耳を離すと、通話終了をタップする。  そのままロッカーに放り投げて振り向いたところで、感情の読めない小綺麗な顔を見つけ驚いた。 「うぎゃっ……!? あ、安倍さん……」 「なんて悲鳴だ、狐。というか、人の顔を見るなり悲鳴を上げるなんて、君は随分失礼な男だな」 「気配も音も無く、そんな所に突っ立ってるからですよ!」  俺が悲鳴を上げた事がお気に召さないらしく、不機嫌に腕を組む男。  とうとう従業員の休憩室にまでやってくるようになった常連……もとい、オーナーである安倍保明だ。  見た目は、どれだけ多く見積もったって二十代前半にしか見えない。  モデルですと言われても、納得してしまうような綺麗な顔と、羨ましいくらい長い脚の、いわゆる美形というやつだ。  だが、実に不思議な商売を、自分の店の端っこで営んでいる、超変わり者でもある。  ここ、≪茶房・春夏冬≫の看板には、小さくだが、≪ウセモノサガシ、ウケタマワリマス≫と書かれている。  つまり安倍は、頼まれたものを探す――探し屋というものをやっているのだ。  俺は、成り行きでコイツの仕事を手伝うことになった訳だが……。なぜか訪ねてくる客は、みんな変わり者ばかりで、探してほしいものだって不可思議で……コイツと関わってからというもの、不思議な出来事ばかりに遭遇している。 「狐? おい、狐。目を開けたまま寝る癖は、直したまえ」 「うわっ!」  目の前で、片手をひらひらと動かされ、俺は自分が思っていたよりもぼーっとしていた事に気づく。 「寝てないですから!」 「寝ていないなら、何か考え事かい?」 「……別に……」 「例えば、そうだな……。世の中の学生は、夏休みと言う名の長期休暇だというのに、たいして忙しくもない店のバイトがあるから、実家には帰れない……なんていう言い訳を考えて、帰省しない方法の模索とか」  ふふんと、したり顔でぺらぺら語られて、俺はぐっと言葉に詰まった。 「あとは――こういうのはどうだろう? ……休憩時間が終わるどころか、今日はもう上がりだというのに、さもこれから仕事が始まりますと言いたげに通話を切り上げた原因とか」 「やめろ……! もう、ホントにそこまでで、やめてください! ……アンタ、一体どこから聞いてたんですか? 盗み聞きとか、悪趣味ですよ」 「君に用があって来て見たら、電話の最中だったから遠慮したんじゃないか。それほどまでに思慮深い僕を、よりにもよって盗み聞した悪趣味呼ばわりなんて……狐……君と言う奴は、ほんとうに残念で残念で、どうしようもなく残念な男だな」  わざとらしいまでに嘆いて、額に手を当てる安倍。  結局、残念しか言ってないじゃないかと睨めば、奴は悪びれなく笑った。 「そんな残念狐に、僕から贈り物だ」 「……は? ……変なもんとかじゃないですよね?」 「……君は本当に残念な挙げ句、失礼極まりないな。嘆かわしい」  憮然とした面持ちになった安倍は、ぶつくさ言いながら足元に置いていた紙袋を持ち上げた。 「やる」 「…………は?」 「容器は、次にバイトに来るとき、返すように」 「やるって言われても……なんですか、これ?」 「なんだ。君は鼻が利かないクチか」 「は?」  言いながら安倍が紙袋から取り出したのは、密閉容器だった。  コイツが庶民的な代物を手にしていると、なんだか違和感を抱いてしまう。ごくごく普通の、プラスチック製密閉容器のはずなのに、なんか物凄く高級な何かに見える。……いや、実際は、なんの変哲も無い密閉容器なんだけど。 「ほら」 「……これは……!」  違和感で思考がとっ散らかってる俺をよそに、安倍は密閉容器を開けて、中身を見せてきた。  俺は、思わず目を見開く。 「おいなりじゃないですか……! それも、ぎっしり……!」 「君の好物だろう。やる」 「い、いいんですか……!? 俺、本当に貰って全部食ってしまいますよ……!? 返せとか後で言われても、返せませんよ!?」 「……君は、僕をどれだけ、せこい人間だと思っているのかね。というか……喜び過ぎだろう、これくらいで」  何を言っているんだ。  男一人暮らしだと、作る料理は大ざっぱで簡単で、量を重視したものと限られてくる。  おいなりなんて、間違っても作ろうとは思わない。 「安倍さんって、実はものすごく優しいんじゃないですか?」 「…………なぜだろうな、狐。僕は多分今、腹を立てる場面なんだろうが……なんだか君の事が不憫に思えてきたよ。……たくさんお食べ」 「うぅ、いただきます……!」 「って、今食べるのかい……!? ……本当に好物なんだな」  呆れた様子の安倍だったが、俺にそのまま密閉容器を渡してくれた。  椅子をひいて、俺はウキウキで一つつまむとかぶりついた。 「ん~、うまっ……!」 「……僕には、やたら味の濃い揚げと酸っぱいだけの白米による、最悪のコラボレーションとしか思えないんだが」  安倍は若干嫌そうだった。  そのくせ立ち去らず、同じように椅子に座り、俺が食うのを見ている。 「……あの、結局用事って……俺にこれをくれる事だったんですか?」 「あぁ、それはついでだ。……店主め、嫌がらせのごとくたくさん作って、僕に押し付けてきたものだから、君にもおすそ分けしようと思いついたまで」 「……店長、なんでそんな沢山作ったんですかね?」 「お盆期間、店を閉めるだろう? だから、在庫は持ちたくないと言い出してな……」  その気持ちはわかるが……なんで、おいなり大量制作に繋がるんだ?  オーナーである安倍さんは、この通りで……おいなりとか、あんまり好きじゃなさそうなのに。 「……店長って……掴めない人ですね」 「あれは、突発的におかしな行動をするんだ。深く考えるな」  げんなりとした様子で、安倍が言う。  うんうんと頷きながらも、俺はすでに四個目に手を伸ばしていた。 「……しかし、よく食べるな。水か何か飲まなくていいのか?」 「あ、平気っす」 「…………そうか」 「で? 本当の用事って、なんですか?」  安倍は、安い椅子の上で長い脚を組んだ。  きしっと椅子のきしむ音がする。  安倍は俺を見て、目を細める。――何かかしら、面倒な事を考えているんだろう。 「……もしかしてシフトの相談ですか? 休みに入ったら暇なんで、いつでも入れますけど」 「そうじゃない。……なぁ、狐」 「はい?」 「……君は、どうして“ウソツキ”なんだ?」  間が空いた。  俺は、食べる手も止めて、安倍を見た。  たぶん、相当間抜けな顔になっていると思う。  言われた言葉が唐突過ぎて、じわりじわりと夏の暑さのように脳みそにしみてきて――。 「すみません、俺……ケンカ売られてます?」  そうとしか思えない安倍の問いかけに、おいなりの恩がある相手とはいえ、低い声が出てしまった。 「違う。僕はそんな無駄な事はしない」  安倍はと言えば、慌てる様子もない。ただ、面倒そうな口調でそう言っただけだ。 「じゃあ、なんなんですか」 「だって君は、“ウソツキ”だろう」  うそつき。  これは、以前から安倍にちょくちょく指摘されていた事だ。  そして、俺が子供の頃から周囲に言われてきた言葉でもある。  嘘吐き。  小太郎君は、いもしないものをいるって言い張る、大嘘吐き。  嘘吐きとは、もう遊ばない。  と言う具合に。  そもそも――田舎っていうのは閉鎖的だ。子供社会だって、そうだ。  田舎の閉塞性を煮詰めて作った、縮図のような社会だった。  一度つまはじきにされたら、終わり。二度と、どこにも属する事が出来ない。元々、子供の数が少ないのもあって、形成されるグループは、常に一つだけだったから。  そこからはじき出された俺は、小学校と知った者達がそのまま持ち上がる中学校は、地獄だった。  思い出したくもない暗黒期をようやく抜けたというのに、コイツはなぜ人の古傷を抉るんだ――以前なら、一も二も無くそう思って、反発しただろう。  今は、少しだけ考えるようになった。何をかといえば、この男……安倍保明という人間の、真意というものについてだ。  当然だが、この男は俺よりはるかに頭がいい。  頭のいい奴の考えを凡人が読み取ることは、かなり難しい事も知っている。  うんうん頭をひねったって、実は安倍の思考回路はさっぱり理解不能なのだが、それでもコイツが度々口にする「うそつき」って言い方は、俺が子供時代に散々言われ続け、貼り付けられた、「嘘吐き」っていうレッテルとは、どこか違う気がした。 「……俺、前から聞きたかったんです。なんなんですか、そのうそつきって。……俺が、嘘ばっかりついている奴ってことですか?」 「……文字通り、といっても……分からないか。……つまるところ、狐。――君は、“嘘”に憑かれているんだよ」 「…………」  幽霊の次は、嘘に憑かれているとは……。  俺は、やっぱりお憑かれ体質なのか。  そもそもだ。嘘に取り憑かれるとか……どういう状態だよ?  間抜けな感想と疑問は、そのまんま顔に出てしまっていた。  冷めた視線が、俺に突き刺さる。 「なんだね、その顔は」 「……すみません、よく分からないんですけど?」 「だろうな。そんな顔をしていた」  冷たい目で俺を見ていた安倍だが、この手の質問にはもう慣れっこなのだろう、馬鹿にしたりはせず、一応説明する素振りを見せてくれる。  ――俺から、おいなりを取り上げて。 「ああっ、俺の食料!」  パチンと蓋が閉まる音が、無情に響く。俺が悲鳴を上げると、今度こそはっきりと安倍は嫌そうな顔をした。 「食料言うんじゃない。あとで、ゆっくり食べればいいだろう。――……真面目な話なんだから、酸っぱいような甘いようなしょっぱいような……形容しがたい複雑な匂いを漂わせるな。気が散る」  密閉容器を紙袋にしまうほどの念の入れよう……かと思えば、奴はそのまま袋を持って立ち上がった。 「安倍さん? 俺の食料どこへ持って行く気ですか……!?」 「暑い盛りに、食べ物を常温で放置しておけるか。これは、店主に保管しておいてもらう。――ついてこい、狐、場所を移そう」 「…………え?」 「長い話になりそうだからな」  すたすたと、安倍は俺の晩飯が入った密閉容器を持ったまま店の方へ行ってしまう。 「――はっ……! 待ってください、俺のおいなり!!」  目の前で好物を奪われ呆然とした俺だったが、奴の足音が遠ざかったところで我に返り、慌てて後を追いかけた。
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