第三章

3/13
前へ
/75ページ
次へ
それから次の日もその次の日も普通の日常に戻ったように働き始めた。 一週間もすれば、あれは夢だったのか?と思うくらい曖昧になってくる。 アイツは以前に比べてチャラチャラした発言はしなくなって、俺も注意したり嫌味を言うことがなくなって会話自体は少ない。 「あ、みて折原さんだよ、かっこいいよね。αだし仕事も出来るしね。」 「うん、わかるー。これから外周りかなー?」 他部署の女性社員からも折原は人気があって、時々声をかけられたりしているのを見た事がある。 いずれまた、交際を始めるんだろう。 あんな風に、欲情した眼で見つめながら女性を抱くんだ。 思い出しただけで体が熱くなる。 だけどあれから、誰かと付き合ったりとか噂になったりも耳にしなくなり、先日も桐山に詮索されていた。 ま、それが普通、なんだろうけど。 今日はアイツは外回りでそのまま直帰か。 土生も今日は定時過ぎには上がったし、今週分の仕事も終わった。俺も帰ろうかな。 週末はみんな早く帰りたがる。 俺は別に予定もないし、終わらせられるだけ仕事を片付けて帰ることにしている。 「よし、戸締りも大丈夫だな。」 エントランスに出ると、 「お疲れ。…終わった?」 缶コーヒー片手に壁にもたれて立っていたのは水瀬さんだった。 「お疲れさまです。あれ、今日外周りじゃ…。」 「そう。結構時間かかっちゃってさ、会社の前通り過ぎたら電気ついてたし香椎いるかなって。いつもこのくらいまで残ってるだろ? な、飲みに行かない?2人で行ったことないしさ。」 「あ、はい。大丈夫ですけど…水瀬さんはいいんですか?週末の夜に俺とで。」 「もちろん。はい、行くよー。」 サクサク歩いていく。 水瀬さんのこういう相手に気を使わせないところはすごく楽だ。 連れてきてもらったのはお洒落なバーだった。 「何のむ?ビールでもいいしカクテル系もあるし。好みを言えばお任せで作ってもらえるよ。」   あんまりこういうところに来ることがないから勝手がわからない。 「あ、じゃおまかせで。あんま強くはないですけど。」 暫くして運ばれてきたのは綺麗な色をしたカクテルだった。 「…あ、コレすっきりしてておいしいです。こういうとこよく来るんですか?」 照明は暗めで周りの人の顔はほとんど見えない。 はっきり言って俺は少し場違いな敷居の高い場所って感じだ。 でも、外食はどうしたって首輪をしているため、ジロジロ無遠慮な視線を送られることが多いけどここは暗いせいか大丈夫そうだ。 「まぁ、たまにね。最近浮かない顔してるけど…なんかあった?」 「え!?浮かない顔…してますか?」 もしかして…今日もそれで誘ってくれたんだろうか。 「香椎って自分の悩みとかあんま人に話せないかなーって思って。俺でよければ相談に乗るよ?」 …どうしよう。名前は明かせないし、詳細も話すのは気が引けるし。 「…水瀬さんてαだし、恋愛には不自由されてないと思うんですけど…、その…体の関係を持ったりすると好きじゃなくても意識したり気になったりするもんなんですかね?」 そう、以前までは折原のことは嫌い、だった。 今は好きではないけど嫌い、というほどではない。自分に負い目みたいなものがあるからかもしれないけど。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

514人が本棚に入れています
本棚に追加