第三章

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俺のシャツの下から、胸のあたりを撫でている。 …くそ、こんなとこ自分では触ったことないのに。 触れるか触れないかの際どい触り方に余計敏感になってしまう。 嫌だ 絶対嫌 ジタバタと抵抗していたら手が緩んできた。 今なら… 閉められていた個室のドアをあけ、飛び出した。 その瞬間 「ッッ!。」 誰かにぶつかった。 「す、すみま…」 「……お前、その格好…。」 …折原。 見られた。 なんで。なんでよりによってお前なんだよ…。 シャツははだけていて、涙目になっているし状況を見れば何があったかなんて一目瞭然だろう。 「…や、なんでもない。悪いな、ちょっと飲みすぎて。」 とりあえずこの場を切り抜けないと。 俺としても騒ぎを大きくする気はない。 「待てって、香椎さんッ…っと…あ、えーっと、お、折原さん。」 さっきのやつが追いついてきた。 同じ営業だし折原とは親しいのかもしれないが、俺は振り向く気にもなれない。気安く名前を呼ぶな。 折原が居なければ顔面に一発利き腕でフルスイング入れていただろう。 「あれ、お前…笹原だったよな?」 「あ、は、はい。お、お久しぶりです。」 後ろめたいのかしどろもどろになっている。 とりあえず今がチャンスだ。 「俺向こう戻るわ。」 殴りたいし言いたい事もある。けど俺は殴ったりしない。 分かっているから。 「あのΩに誘われたから…」なんて言われたら真実がどうであれ俺も誹謗中傷は少なくとも受けるだろう。 生まれながらにして人は平等ではないことは嫌というほど知っている。 何があったって何でもないように繕って、自分の身は自分で守る。 そうやって人と一定の距離を置いてきた。 俺の周りは良い奴がたくさん居過ぎて知らない間に隙が出来てたのかもしれない。 「………。」 その後は何事もなく飲み会は終わった。 笹原と呼ばれていた奴は姿が見えなくなり、帰ったのかと少しほっとした。 折原の姿も見えないし、お互い知っている風だったから話をしたりしているのかもしれない。 二次会はほとんど出席するようだったが、俺はいつもどうり辞退した。 「じゃ、飲み過ぎんなよ。」 土生と桐山に別れを告げて、家路へと急いだ。 …くそ、シャツのボタン飛んでるし。 首輪を隠すように速足に歩く。 怖くない訳じゃない。 ただ怯えていると思われると自分を保っていられなくなりそうだから。 男が、同じ男に力で抑え込まれて組み敷かれるなんて。 屈辱以外のなんでもない。 「ッ香椎!っ。」 夜のざわついた喧騒の中でも、俺の耳にははっきりと声が響いた。
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