第四章

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「よ、お疲れ。腹減ったぁ。」 そこへ、土生がトレーを持ってやってきた。 「あれ、今日香椎は?」 桐山が周りを探す。 …今日出社してたよな、話してないけど。 「あー…なんか水瀬さんに呼ばれてた。先行っててって。」 あーうまいと言いながら、かつ丼を食べる土生…。 多分こいつは知ってるんだろうな…。 「水瀬さんかっこいいよなー。マジ出来るαって感じ。香椎は気に入られてるよな。」 桐山も憧れていると言っていた。 仕事ができて仲間からの信頼も上司からの信頼も厚い。 凄い人だとは分かっているけど…。 なんだろう。なんか、面白くない。 「そういや香椎Ωだったよな?性格的に水瀬さんと合いそう!水瀬さんって穏やかっていうか香椎も好意的だし。こないだ言ってた相手ってもしや水瀬さん?」 「…そうだね、香椎はしっかりしているようにみえるけど、実は抜けてるトコあるしね。相手の名前はまだ内緒。…どーなるかわかんないしね。」 土生も、あの二人が一緒になったらいいって思っているのだろうか。 チラッとこっちを見られた気がした。 「………。」 「あれ…どしたの?折原?」 「…え?」 「珍しいね、いつもだったら水瀬さんに香椎なんてもったいないとか、香椎となんてありえねぇとか言いそうだけど。もしかして、なんかあったの?香椎と。」 にっこり笑う土生の顔は笑っているのになんかドス黒いものを感じる。 「い、いや、別に。」 「そ?なんか後ろめたいことでもあるのかと思った。違うならいいよ。」 敵に回したくないタイプだな…。 結局、休憩中香椎は食堂には姿を現さなかった。 デスクに戻ると、香椎は水瀬さんと話していた。 いつもと二人の間に流れる雰囲気は変わらないようには見えるけど。 仕事が終わって、俺は帰ろうかな…と周りを見渡した。 いつの間にか同じフロアの人は数が減っていて、残っているのは俺と香椎、水瀬さんだけだった。 そういや桐山は外回りいって直帰って言ってたっけ。さっき土生も帰ったし。 横目で隣の香椎を見ると、真剣にデータを見ながら凄い速さで入力している。 ……帰るか。 「じゃ、お先に上がります。」 「お疲れー。」 「あぁ。」 なんだ、あぁって…。もう少し愛想よくできないのかよ。 こっちを振り向くこともなく言った香椎に腹が立つ。 会社を出て、駅まで歩く。 ポケットに手を入れると 「あ、スマホ…」 多分デスクの上、だろう。 方向転換して会社の方へ戻る。 イライラする。 あの時話をしている時は、なんだか距離が近くなったような気がしてうれしいとか思ってしまったけれど。 実際は何一つ変わっていない。 これが俺と香椎との距離。 暗いエントランスを抜けて、階段を上がる。 …静かだ。 そりゃそうだ。 皆帰って、残っているのは 香椎と…水瀬さん。 そう思った途端、妙な緊張感が生まれる。 意識していないのに静かに歩いている自分がいる。 部屋を覗いた瞬間、香椎の後頭部が見えた。 その向こうから水瀬さんの顔が見える。 「香椎、…好きだよ。」 重なった頭が離れているのがすごく永く感じた。 「…嫌、だった?」 香椎がブンブンと頭を振っている。 「本当にいいの?俺待ってるけど。」 「あ、はい。大丈夫です。明日も仕事ですし、待っててもらわなくても。 お疲れ様です。」 影に隠れてやり過ごした。 …さっき、キス…してた、よな? 付き合うことにしたんだろうか。 胸が痛い。 自分の中に渦巻いている感情がなんなのかはよくわからない。 俺は、香椎に運命を感じていても、香椎は別の相手にそう感じているなら運命の番じゃないってことだよな。
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