第五章

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暫くすると、人の気配がした。 …折原。 こんな時にどうしてタイミング悪く。 「忘れもの。」 「そう。」 出るだけ平常心で返す。 忘れ物だけならすぐ帰るだろう。 「…コレ、やる。」 そういって置かれた缶コーヒー。 「…ッえ?」 じゃお疲れ様、と出て行ってしまった。 今までそんな事したことないし、驚きすぎて固まってしまった。 カシュッとプルタブを引く。 「…おいし。」 これ、いつも俺が飲んでいる奴だ。 ブラックが苦手な俺はいつもミルクがしっかり入ったものを飲んでいる。 些細な事だけど、こういう事ってうれしかったりする。 「…お礼、言えなかったな。」 同期っていう関わりじゃなくて、折原と関わることでなんとなくアイツのことも分かってくる。 チャラチャラして器用そうに見えるけど実は不器用。 人の気持ちに敏感なくせに、感情を表に出すのが下手だったり。 変な奴。 最初は嫌いな奴だったのに、変な奴になった。 なんかくすぐったい、こういうの。 アイツは俺が運命だって言ってた。拘る必要はないけど、何か拘る理由でもあるのかもしれない。 仕事を何とか片付けて帰った俺はカレンダーを見る。 週末…はまだギリギリ発情期には入らないな。 休み明けくらいに入りそうだから早めに抑制剤の量も増やした方がいいかもしれない。 「…香椎、こっち。」 「あ、はい。こんにちわ。」 休みの日の昼間に水瀬さんと合うって新鮮だな。 「どこにいきますか?水瀬さん行きたいトコあります?」 どこに行くとか決めてなかったよな。 「車、あるから乗って。」 「あ、はい。じゃ、お邪魔します。」 セダンのかっこいい車で、水瀬さんは行く場所をもう決めているようだった。 連れてこられたのは、海だった。 「うわぁ…海なんて来たの久しぶり。潮風が気持ちいいですね。」 大きなものを見ると、自分の悩んでいることとかが小さいことに思えて少しすっきりした。 「…喜んでくれてよかった。俺も考えたいことや悩んでるときはよくここに来るんだ。」 水瀬さんでも悩んだりすることってあるんだな。 そりゃそうだよな、悩みがない人なんていない。 「最近さ、香椎いろいろ考えてるっぽかったし、少しでも頭が軽くなればなーって思って。あ、俺が原因だったらごめん。」 「…そうですね、ふふっ、水瀬さんのことも勿論ありますよ。 俺、対人スキル水瀬さんに比べたら皆無で…人間関係っていうのをここ最近考える機会が増えたから。」 本当に水瀬さんは人をよく見ている。 「それは…………」 ブワッと風が吹いて、水瀬さんの声がかき消された。 「あ、すいません、聞こえなかったのでもう一度。」 「ううん、頑張ってっていっただけ。」 その時の不安そうな笑顔が少し気になった。 すぐにいつもの水瀬さんになったけど、 …あの時なんていったんだろう。
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