第六章

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俺の中で何かが変わりつつある。 悪い意味で「気になる」存在だったアイツ。 今は「気になる」存在。 この気持ちの変化はなんだ。 これも運命ってやつに振り回されているだけなのだろうか。 ふらついているアイツを無意識に支えて、本当だったら水瀬さんに任せるべきなんだと思う。 香椎だってそのほうがいいと思っている筈。 …なのに頭で考えていることとは裏腹に、手を伸ばす水瀬さんから奪い取るように香椎を連れ出した。 触れさせたく、なかった。 熱があるようで、触れる体から熱さが伝わってきた。 マンションで見たのは空の薬の残骸。 抑制剤だと言っていた。 それにしては量があり得ない。 あんなふうに発情したくないんだろうけど、これじゃ体に負担がかかる。 言われた棚で風邪薬も見つけて、水と一緒に香椎の元へ持っていく。 寒いのか倒れ込むようにベッドで丸くなって震えている。 「香椎、おい、薬あったけど。」 声を掛けても反応がない。 …寝てる。 これは…起こして飲ませた方がいいよな。 「おい、香椎。薬。」 揺さぶっても布団をぎゅっと握りしめて眉間に皺を寄せたまま。 こっちを向かすように布団から引きはがすと、薄く開いた香椎の唇が目に入った。 「…ッ、仕方ない。……覚えてんなよ。」 水と、薬を口に含んで、そっと香椎の唇に合わせる。 「っん、ッんん。」 香椎の香りが鼻を突く。 抑制剤を多めに飲んでるのに…それでも香椎の香りは俺を誘惑する。 ごくりと呑み込んだのを確認して少しほっとする。 病人相手に妙な事考えるな…。 外回りがあるなんて言ったけど…別にアポがあるわけじゃなくって、とっさに出た言葉だった。 ……離れとこう。 香椎の香り、フェロモンは完全には抑えられていない。 そっと立ち上がって離れようとすると、俺の袖をぎゅっとつかむ香椎の手。 爪が白くなるくらい、力が入っている。 無意識でやってんだろうけど… ぎゅっと頭を抱きしめると、震えていた体の緊張が少し溶けたような気がした。
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