第六章

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カッと香椎の顔が赤くなる。 「なんで俺がやきもちなんてやかないといけないんだよ。」 「意識してんじゃん、俺のこと。」 「してない。」 「してる。」 頭に血が上りきっていて、もうどちらも引けない状況だ。 「…らい。俺は折原なんて大嫌いだ。」 「……っ。」 元々嫌われているのは知っていた。 俺もだったし。 でも、気持ちを自覚してる今、 しかも水瀬さんというライバルもいて、 返事待ちの状態でさ。 嫌いって言葉はかなり堪えた。 なんか、何を根拠に香椎が俺のこと好きになってくれると思っていたのか分からなくなった。 「…そう、かよ。」 俺の反応がいつもの言い合いの時とは違うことに気づいたのか、香椎が少し狼狽えているけど。 「じゃあさ…もう、いいわ。 いいじゃん、水瀬さんと付き合ったら。俺なんかより仕事できるし信頼もできるし。 …悪かったな、今まで迷惑かけて。」 疲れた。 圧倒的不利な戦いでさ、もともと勝てる見込みもなかった。 で、しかも決定打までくらったんだ。 …もういいじゃん。 「…折…はら?」 力なく笑って、俺は香椎の前から去った。 …失恋って痛いんだな。 ホント、桐山の言う通り今までのツケが回ってきたんだろーな。 顔が上げられなくて、足先を見ながら歩く。 …明日、いつも通りにできるだろうか。 香椎、も驚いた表情してたし気にしているだろうか。 それとも心置きなく水瀬さんと付き合ったりするんだろうか。 「…だせー。」 その時、小さな女の子が俺の足にぶつかってこけた。 大事そうにネコのキャラクターのぬいぐるみを持っている。 3歳くらい…かな? 「ッ…大丈夫?」 周りを見るけれど母親や父親の姿は見えない。 「おかあさんは?」 女の子はふるふる、と首を振る。 迷子、だろうか。 仕事終わりで通りは人であふれている。 「一緒に来た?」 そう聞くとコクンと首を縦に振る。 1人にはできないし、交番を探しながらお母さんらしき人も探す。 「大丈夫だよ、おまわりさんところいこうか。」 手を引いて歩こうとすると小さな声で 「おにいちゃん、…いたいの?」 と聞いてきた。 「おにいちゃんは大丈夫だけど、なんで?」 「だっておにいちゃん、いたい、顔、してる。」 女の子の眼に映る自分は、泣きそうな顔をしていた。 「ちょっと悲しい事があったんだ。」 「…いたい?」 なんとか笑顔をつくり不安にさせないように 「大丈夫。悲しい事があったら、今度はきっと良い事がある筈だから。」 女の子は少し安心したようでにっこり笑ってくれた。 自分が励ましている筈なのに、励まされたような気持ちになる。 「あ、お母さん!!」 道路の向こうの通りでお母さんの姿を見つけたらしく、強く手を引かれた。 小さな体は人並みをするする通って俺は必死に追う。 「待って、信号ッ」 「お母さーんッ!」 信号は赤。 つないでいた手が離れて、女の子は道路に飛び出した。 つんざくようなブレーキ音の後 近くで女の子が泣いているのが聞こえた。 ざわざわと騒がしいのも、誰か叫んでいるのも、遠くで聞こえてきたサイレンの音もだんだん遠くなった。
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