不幸日和

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 そんな彼女をよく思わない同性に囲まれていたことだってある。王道にも放課後の体育館裏、黒く広い影が覆うそこで、別のクラスの女子数人に彼女ひとりが囲まれていた。俺がそれを見つけたのはただの偶然。部活の一環で体育館のギャラリーを使っていたその時で、微かながらきゃんきゃんと喚き散らす声が聞こえて、なんとなく外に目を向けていたらいじめとも取れる現場があった、というそれだけだった。自分には関係がないとは言え、全くの他人とは言いがたいクラスメイトの窮地を無視するわけにもいかず、サボりかなんだと飛んでくる野次を無視して体育館裏へと向かえば、なるほど、高橋華世を囲う女子には数人上級生も混ざっていて、「何様のつもりなの?」「黙ってりゃ終わると思ってんの?」などと一方的に詰め寄られていた。彼女を逃がすまいとしているのか半円の陣形を取るそれらは背中しか見えないものの、学年で変わる靴の色が目印だ。何より、体育館の 角を利用して覗き混んだだけの俺にそれ以上の情報は取得しようがない。仕方なしに俺は言った。「せんせえ!」まるで誰かを連れて向かっているかのような流れを、それとなく感じさせるために。やば、いこ! そんな声が聞こえてすぐに、女子たちが散り散りに俺の横を駆けていく。それらのご尊顔を仰いでやろうと身を隠すでもなく待っていたが、全員が全員、俺の存在に気がつくと顔を背けるものだから誰が誰だかはっきりはわからなかった。  そしてすぐに、彼女もやってきたのだ。何事もなかったかのように、まるで暇潰しに散歩でもしていたかのように。優雅にとも、のんびりとも言える足取りで。 「あ、じゃあね。結城敬人くん。また明日」  窓辺の花瓶にとっては、いじめですら無かったのかもしれない。いじめすら理解していないのかもしれない。ひらひらと片手を振りながら、あっけらかんと歩き去っていった彼女は多分、そこら辺で咲いている植物と同じくらい感情に起伏がないのだ。万物に無頓着。己の世界さえ回っていれば、他人の世界など、他人の干渉などどうでもいい。女子高生らしい浮わつく無敵感も、思春期にありがちな鬱屈さもなかった。退屈そうに毎日を過ごしている。  それがひどく羨ましかった。
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